12.拷問野郎
「ひとりヤバいのがいるんだよね」ユウコさんが言った。
「『殺しておけばよかった』リストのこと?」
「そう。できれば向こうから来る前にこちらから仕掛けたい。この前みたいにいきなり襲われるのはもうごめんだわ」
「どんな奴?」
「拷問野郎」
「捕まったら何されるんですか?」ミユキちゃんが興味深そうに聞いた。
「聞きたい?」
「ぜひ」
「そうね。奴の拷問はプレイじゃなくて、本当に精神と肉体を破壊して殺すのが目的だからね。それも長く楽しむタイプ。ひどくてもすぐに死んじゃう処刑は好みじゃない」
「す、すごそう」
「奴ならどうするかなあ。やっぱりまず足を潰されるかな。椅子に座らされ、固定した金属製のブーツに両足を入れさせられてさ、そのブーツの中の隙間にクサビを打ち込まれるわけ。ハンマーでクサビが打ち込まれるたびにブーツの中で足が圧迫されて、やがて骨が砕け肉が潰れる。するとまた隙間ができるから次のクサビが打ち込まれる。こっちはハンマーが振り下ろされるたびに激痛が走って悲鳴を上げ続ける。それを何回も何回も繰り返されて、やがてブーツの中は砕け散った自分の骨と肉でぐちゃぐちゃのミンチ状態になる。」
「げーっ」
「スペインの長靴」僕が言った。
「そう。でも膝から下を失っても、人間死なないからね。次の拷問に移れる」
「ま、まだ続けるんですか?」
「死ぬまで続けるよ。次は、手かな? いや、手はわたしの反撃手段だから、まだ残すかな。先に心が折れちゃったら拷問のしがいがなくなるからね。希望は最後の最後までとっといて打ち砕かなくちゃ」
「それすごく残酷じゃないですか」
「鞭で打たれたり、焼き印押し付けられたり、歯も全部麻酔なしで抜かれるかなあ。性行為もされられるだろうねえ。羞恥心と屈辱感をたっぷり味わわせられて、肛門とか子宮とか死なない程度に拡げられて何でもかんでも入れられてグズグズにされるんだろうなあ。子供も産めなくなるよねえ。その後で乳房を器具で挟まれて宙吊りにされるかなあ」
「どうなるんですか?」
「もちろん体重を支え切れるわけがないから、乳房はちぎれちゃうんだよ」
「ひええ」
「だいじょうぶ。それでもまだ死なないから」
「いや死んだ方がマシでしょ」
「そのあといよいよ手かなあ。両手の指を1本1本爪を剥がされて潰されて、悲鳴を上げながら、反撃のチャンスが奪われてしまう絶望感を味わう。最後は、串刺しかなあ」
「串刺し?」
「うん。地面に先の尖った太い杭がまっすぐに立てられててさ。その上にお尻をのせられる。両手両足を潰されて乳房をちぎられてもまだ生きてるわたしは、生きたまま太い杭の先が肛門から身体の中に入ってくる感触を味わう。身体の重みで太い杭が徐々に消化器官を突き破ってせり上がってくる。もう悲鳴を上げ続けるしかないよねえ。ずぶずぶ身体が沈んでいって、太い杭の先が喉元まで上がってきて、ついに口から出てくる。もう悲鳴も上げられない。白目をむいて喘ぐだけ。で、そのまま死ぬまで放置される。損傷が消化器官だけで心臓や肺が無事なら数日間死なないこともあるそうだから、まさに地獄だよねえ」
「そんなのやだあ」
「わたしだって、やだよ」
話を聞くと、その変態野郎に比べればミユキちゃんの拷問好きなんてかわいいものに思えた。ミユキちゃん案外まともじゃん。ただの変態プレイ好きなら僕の父と同じだ。
「捕まってそんなことされる前にやっつけちゃおうってことだね」ユミさんが言った。
「そう」
数日後。僕の家にみんなが集まった。話を聞いた母が震え上がった。
「だめだめだめ。アキちゃんをそんな危険な奴のところに行かせるなんて」
「アタシは行くー」ユカちゃんが言った。
「アンタはぜひ行って拷問されちゃいなさい」
「ひどーい」
「わたしとユミで行くつもり」ユウコさんが言った。
「わたしも行きます」ミユキちゃんが言った。
「行っても役に立たないじゃない」ユミさんが言った。
「わ、わたしが身代わりになります」
「なれないでしょ。この前も結局いっしょにダーツの的にされちゃったじゃない」
「じゃあアタシの身代わりになってもらうー」ユカちゃんが言った。
「ユカちゃんが行くなら私も行く」アキちゃんが言った。
「アキちゃんがいると心強いけど」
「カレはどうするの?」
「連れて行きます。死ぬときはいっしょって決めてるから」アキちゃんが言った。
「やだ。感動して泣きそう」
「だめよ。絶対だめ」母はゆずらない。
「でもこっちで調べたらあの変態野郎、もうすでに引退しちゃってるみたいだよ」ユミさんが言った。
「そうなの?」
「仕事の依頼もないみたいだし、手下も全員離れていったみたい」
「じゃあ今どうしてるの?」
「ひとりで屋敷にこもってるみたい」
「屋敷の場所はわかるの?」
「それはわかってる。隠れる気もないみたい」
「どういうこと?」
「それが謎なんだよね」ユミさんが首をかしげる。「そうとう稼いでいたから、もう働く気がないんじゃない?」
「でも拷問は続けてるよね?」
「どうかなあ。もう飽きちゃったとか?」
「それは信じられない」ユウコさんが言った。
「じゃあどういうこと?」
「獲物をストックしてて、それを拷問して楽しんでいるのかも」
「じゃあストックがなくなったら」
「再び活動をはじめる」
「そうなの?」
「わたしが知ってるアイツは絶対拷問に飽きたりしない」
「じゃあなぜ引退したのよ。する必要ないじゃん」
「そこが謎だよね」
「お父さんによればね」ユカちゃんが得意そうに言った。「どうやら認知症になったみたい」
「うそ」
「だから仕事できなくなって、手下も離れていって、屋敷でぼーっとしてるんだって」
「それなら納得」ユミさんが安心したように言った。
「でも、確かめる」ユウコさんが言った。「でなきゃ安心できない」
「ちょっとユウコ、いったいアイツと何があったの?」
「わたしはアイツにとって唯一の、逃げられた女なんだよ」
「逃げたの?」
「運がよかっただけなんだけどね。わたしがアイツを殺しそこなって、逆に捕まって、もうだめだと思った時に、あの大地震が起こったんだよ。それで逃げられた。アイツはその時わたしに言ったんだよ。地獄の底まで追いかけて絶対拷問してやるって」
「こわい」ミユキちゃんが言った。
「わたしもこわかった。だから義眼の男に見つかった時、こいつに見つけられるなら、拷問野郎にも見つけられるだろうと思った」
「わかった。確かめに行こう」ユミちゃんが言った。
「アタシも行く」ユカちゃんが言った。
「わたしも行く」ミユキちゃんが言った。
「わたしも」アキちゃんが言った。
僕はアキちゃんに連れて行かれる。
「その認知症って情報確かなの?」母が心配そうに言った。
「ユカちゃんのお父さんの情報だろ? 信じていいと思うぞ」父が言った。
「でもほら、あれ、ドラマでよくあるじゃない。ユウコさんの顔を見たとたんに正気に戻るとか」
「ドラマの見すぎだ」
拷問野郎の屋敷にやって来た。人の気配がまったくしない。門は開けっ放し。中に入ると庭も荒れ放題。物置小屋らしきものがある。扉が開いていたので、用心しながら入って見た。中は埃だらけだ。話に聞いた金属製のブーツや、ハンマーや、吊り下げ金具や、その他いろいろな拷問器具が並べられているが、どれも長年使われていないようだ。埃に埋もれ蜘蛛の巣が張られている。
玄関にまわった。ドアホンも壊れているようだ。鍵も開いている。中に入った。応接間の扉が開いていて、奥のソファに男が座っているのが見えた。
「あいつ?」ユミさんがユウコさんに聞いた。ユウコさんがうなずいた。
「でも、雰囲気がまるで違う」
男はぼんやり宙を見つめている。やがて僕たちに気が付いた。
「ああ? 誰か来たのか? なぜ誰も知らせん」
「もう誰もいないからだよ」ユウコさんが言いながらゆっくり部屋に入る。僕たちも後に続いた。
「ああ? そうじゃったか? そうか…。で、何の用じゃ? カネならないぞ。とうに誰かが持ち去ったみたいじゃからな」
ユウコさんがじっと男を見つめた。男は何の反応も見せない。
「もう帰ろう?」ユミさんがつまらなさそうに言った。
「心配することなかったね」ユカちゃんが言った。
「いや、ここで決着をつける」ユウコさんが男に歩み寄った。
いきなり天井から仕切り板が落ちてきて、男と僕たちをさえぎった。扉の内側にも仕切り板が落ちてきた。ものすごい埃が舞った。閉じ込められた? 壁からガスが噴き出した。かび臭い匂いが充満した。これは毒ガス? 僕たちここで死ぬのか?
「なにこれ?」
「古い仕掛けが…勝手に作動した?」
意識がもうろうとしてきた。だめだ。僕たちは全員倒れた。
気がついた時、薄暗い板張りの部屋にいた。僕たちは全員椅子に縛り付けられ、足には金属製のブーツが…うそでしょ。足を抜こうとしたが、膝を椅子に固定されているので動かせない。男は汗だくになって、ハアハア苦しそうに肩で息をしている。
「なぜ誰も手伝ってくれんのじゃ。みんなどこへ行った?」
「なによこれ。おっさんボケてんじゃなかったの?」ユカちゃんがわめいた。
「手続き記憶だ。身体が手順を覚えてるんだ」僕が言った。
「誰が6人も連れてきたんじゃ。たいへんな重労働じゃないか」男がぶつぶつ言っている。
「いやひとりずつにすればいいじゃん」ユカちゃんが言った。
「ああ、なるほど。そうか…。そうじゃな」
「だからほどいてよ」
「これからはそうしよう」男はふらふらと出て行った。
「どうしよう」アキちゃんが不安そうに言った。
「アキちゃん、蹴りでブーツをぶっ壊せない?」ユカちゃんが言う。
「無理だよ。力入らない」
金属製ブーツは床に固定してあるみたいでびくともしない。両手は後ろ手で縛られ、腰は椅子の背にくくりつけられ、膝は左右に開かれて固定されている。ブーツが左右くっついているので、がに股っぽい格好になっている。
「とにかく頭はボケてるんだから、うまく誘導すればいいんじゃないの?」ユミさんが言った。
「どうやって?」
「…今考えてる」
男がハンマーとクサビを持って部屋に戻って来た。左端の椅子に座っているアキちゃんのブーツにクサビを差し込もうとする。
「わ、わたしから先にやって下さい」ミユキちゃんが叫んだ。
男がしばらくぼーっと考えた。
「いや…。端から順番にいく」
左右のブーツの内側にクサビを差し込む。そうして左右のクサビを同時に叩くのか。アキちゃんの足が潰される。僕は恐怖に震えた。だめだ。やめてくれ。男がよっこらしょっとハンマーを持ち上げた。アキちゃんは目をつぶった。
「あー、もったいなーい!」ユウコさんが叫んだ。男の手が止まった。
「その子の武器は足だよー。得意技は足蹴りなんだよー。だったら足は最後までとっとかないとだめでしょー。もったいないよー」
男はまたしばらくぼーっと考えた。
「ほんとか?」やがて男がアキちゃんに聞いた。アキちゃんは必死でうなずいた。
「ウソだと思うんなら、ここでためしてみなよー。何か蹴らせてみればわかるよー」ユウコさんが必死で叫ぶ。
男はまたしばらくぼーっと考えた。そして部屋を出て行った。男は埃と煤だらけのマネキン人形を持って部屋に戻って来た。マネキン人形を部屋の中央に立てた。アキちゃんの拘束を解いてブーツを脱がせた。両手は縛られたままだ。アキちゃんを立ち上がらせた。
「あれを蹴ってみろ」男がマネキンを指して言った。
アキちゃんはクルッと一回転して男を蹴り飛ばした。
「おっさんボケてて助かったー」ユカちゃんが大きなため息をついた。
「こっちへおいで」ユウコさんがアキちゃんを呼んだ。
ユウコさんがアキちゃんの手のロープを後ろに縛られた手で難なくほどいた。毒針を操るだけあって本当に手先が器用な人だ。自由になったアキちゃんがみんなの拘束を解いた。
ユウコさんは毒針を手にして倒れている男の首に当てた。
「これで終わり。アキちゃんの足を潰そうとした罰だよ」毒針を深く刺した。
ユカちゃんが携帯でお父さんを呼んだ。
その夜、悪夢を見た。男がハンマーを振り下ろす。ガツン! クサビがブーツの中に押し込まれる。グシャっと足の潰れる音がする。
「ぎゃああああ」アキちゃんが悲鳴を上げて泣き叫ぶ。やめてくれえ。
僕は汗びっしょりになって目が覚める。アキちゃんは隣で大の字になって寝ている。よかった。




