第五ステージ 戦火への誘い
中央界に来てからというものリオは雨が降っているところを見たことがなかった。雨が降るという現象自体忘れていたのだが、ここ丸一週間憂鬱なことに雨が続いている。
最初のうちは中央界にも雨って降るんだなぁなどと感心していたが、さすがにこうも続くと嫌気が差す。リオの部屋には窓がないから外の天気なんて見ようとしなければ分からないのだけれど。
つい最近この超高層ビルの中に日光の入る公園があることを教えて貰い、密かにお気に入りスポットⅡにしていただけにこの雨はリオの気分を盛り下げていた。
討伐には頻繁に向かっている。いや、むしろ討伐しかしていないという位に。
ハルトにもあれから会っていなかった。合間を見ては訓練場やプラネタリウムに足げく通っているのだが一度も姿を見ていない。あの時の言葉は未だにリオの心の隅にいて大切なところを支配している。あれはどういう意味だったのか彼に真意確かめれば済む話なのだが、そうも簡単にはいかないらしい。
ハルトは超危険人物ではあるが、その戦闘能力を買われているためなかなか中央界には戻ってこないという話を聞いた。それに彼があの言葉を覚えているのかさえ自信がなかった。
そうこうしているうちに半年などあっという間に経ち三人は久しぶりに休暇を貰うことができた。
「やーっと休みねぇ。長かったわ。」
三人はいつものごとく食堂に夕飯を食べにきていた。このビルの中には他にもたくさんご飯屋さんがあるのだが社員食堂は特別安くて美味しいためいつもここになってしまうのである。
「ゼノンもティファもこの連休はどうするんですか?」
リオの質問にティファは自分のコロッケを割りながら考えこんでいた。
「そうねぇ。珍しく家にでも帰ってみようかしら。家族にもしばらく会ってないし。リオはどうする?まぁこのビルにいても暇つぶしならたくさんあるだろうけど。」
「はい、私は何も予定がないんで色々中央界を見て回ろうかと思ってます。」
リオは中央界に来てしばらく経つが正直普段使用する場所以外なにがあるのかさっぱり分かっていなかった。激務が激務なだけにゆっくり回る時間もない。今回がよい機会だからこの辺りのことを少し覚えようかと考えていたのだ。
「でー?ゼノンはどうするのよ?」
先ほどからゼノンの箸は全く進んでおらず、一人ぼーっと注文したカツ丼を見下ろしている。彼が話に全く乗ってこないということは何も予定がないのだろうか。
「ははーん、さてはメリッサにどっか連れてけってせがまれてるんでしょ。」
ティファの言葉にゼノンは分かりやすいほどギクッと反応を示した。そしてたらたらと冷や汗を流している。リオはこんな反応をするゼノンを見るのは初めてで小声でティファに耳打ちした。
「・・・メリッサって誰ですか?」
「ゼノンの可愛い可愛い妹ちゃんよ。今年十三歳になったんだっけ?そして私たちと同じMEGAMIの討伐隊員よ。」
リオは思わず持っていたコップを落としかけた。ゼノンに妹がいることにもびっくりしたが、さらに同じMEGAMIだったなんて知らなかった。それならば一度くらい会った事があるのだろうか。
「ちっとも可愛くなんかねぇ!あいつは悪魔だ悪魔!絶対あいつとなんか過ごさねぇからな!」
「酷い、お兄ちゃん!そんなにメリッサのことが嫌いなの?」
ギクッ!
ゼノンは先ほどよりも大きく体を硬直させてゆっくりと後ろを振り向いた。そこには頭に大きなピンクのリボンをつけた可愛らしい女の子が立っている。同じピンクのフリフリしたワンピースに身を包み、腕には可愛いテディベアのぬいぐるみを抱っこしている。顔にはまだあどけなさが残るが将来絶対に美人になるだろう。
しかしその大きな瞳は涙で潤んでおり口はへの字に曲がっている。
「メ・・・メリッサ!お前なんでこんなとこに!」
ゼノンが勢いよく立ち上り、その拍子に椅子がガタンと大きな音を立てて倒れた。
「お兄ちゃん明日からお休みでしょ?だから遊んで貰おうと思ってメリッサもお休みを貰ったの。」
そしてにっこりと微笑むとゼノンの手を取った。
「どうせ予定なんてないんでしょう?」
リオにはゼノンがなぜメリッサをそこまで嫌がるのかが全く分からなかった。リオ自身末っ子ということもあってよく妹や弟には憧れたものだ。それにこんなに可愛いのになぜ足げにするのだろうか。
「ざ・・・ざ残念だったな!ほ・・・他に予定が入っちまってるんだ。」
あからさまに嘘だと分かる動揺っぷり。メリッサはその様子を尻目に「ふーん。もしかしてデート?」などとあり得もしないこと(失礼な)を言っている。
「そっそうだ!だからお前とは遊べねぇんだ。悪いな。」
口からでまかせを言うゼノンを見てメリッサは黒く微笑んだ。これは絶対嘘だと分かっている顔だ。
「で、誰と?」
さすがに相手までは用意していないのだろう。ゼノンの顔がたちまち青くなっていく。そんな様子をティファは楽しそうに見ていた。
「そ・・・そんなのお前に関係ねぇだろうが!とにかく無理なもんは無理だ!」
そう言い強引に話を終わらせると野良犬でも追い払うかのようにシッシッと手をひらつかせた。それでもメリッサは納得していない様子で根気よく問い詰めている。デートが嘘だったと彼に認めさせればまだまだ遊んで貰えるチャンスはあると思っているのだ。
「メリッサお兄ちゃんが誰とデートするのか分からなきゃ帰らないからね!ずっとずっと一緒にいるんだから!」
この粘り強さにゼノンが負けそうになっていた時だった。今までかたずを飲んで見守っていたティファが口を開く。
「メリッサぁ、ゼノンのデートの相手はリオよ。」
「「「えっ。」」」
ティファ以外の三人が瞬時に固まる。
「ティファてめぇ!適当なこと言ってんじゃねぇよ!」
「そ・・・そうですよ。私がなんでこんなやつと。」
この人は突然とんでもないことを言い出す。リオは嘘だとわかってはいたが流石に否定せずにはいられなかった。
「あら、ゼノン。そんなこと言ってていいの?リオとデートじゃなきゃメリッサちゃんと仲良くお人形さんごっこすることになるわよ。」
ティファの一言でリオには全てが納得できた。だからゼノンはメリッサのことを拒んでいたのだ。確かに可愛くお人形さんごっこをしているゼノンなんて想像出来ない。
「う・・・。」
ゼノンは完全に黙り込んでいた。おそらく彼の頭の中では物凄い葛藤が起きているのであろう。リオは半ばアホらしいと思い客観的に鑑賞することにした。
「わかった。休暇は・・・リオ、付き合え。」
やっぱり。こうなることはなんとなくわかっていたがメリッサは不服そうに「えーっ」と駄々をこねている。
そしてピンクのリボンがくるっとリオの方を向き酷く怒った顔で言い放った。
「メリッサからお兄ちゃんを取るなんて許せないんだからっ!覚えてなさいよ。」
そう言うとプリプリと怒りながらもあっさり嵐は去っていった。ゼノンはほっとしたように椅子を起こし深いため息と共に腰掛けた。
「わりぃな、リオ。巻き込んじまってよ。あいつ一回言い出すと聞かねぇんだわ。この借りはいつか返す。」
メリッサのことが相当堪えたのかゼノンは下を向いたままだった。
「別にいいよ。本当にデートするわけじゃあるまいし。ただそういう理由にしときたかっただけでしょ。」
そうのん気にお茶をすするリオに信じられないようにゼノンが食いついた。
「はっ?あいつは休暇中俺らをいつ見てるかわかんねぇし、一緒にいるに決まってんだろ。俺だってお前とじゃ不服だけとしょうがねぇ、人形ごっこよりはましだ。」
リオの頭の中にしばし空白の時間が流れる。そしてその後ゼノンが全力で殴られたのは言うまでもない。
翌日は気持ちのいいほどの快晴だった。昨日までの大雨が嘘のように空には雲一つ浮かんでいない。普段ならこれほど浮き足立つことはないというのに、今のリオの心の中は暗雲が立ち込めていた。
普段通りクローゼットの中にある制服に着替えてとりあえずソファーに座ってみる。
いつも着ている制服は部屋に備え付けの箱に入れておけば自動的にクリーニングに出されるらしい。だから面倒なことは一切なかったし、気が付けばいつも新しい制服が届いていた。まったく便利なご時勢だ。
ドアの方から聞きなれたチャイムの音が聞こえる。本当は聞こえないふりをしたかったのだが仕方がない。リオは重い腰を上げてドアを開くと見慣れた銀髪が立っていた。しかしいつもと違うのは、
「・・・よう。ってなんでお前制服なんだよ。」
そう、彼はジーパンにTシャツとジャケットという完全にオフの格好だった。もちろんそれはゼノンの私服な訳で、リオはいつもと変わらない制服姿だった。
「私服持ってないから。」
それを聞くとゼノンは頭をガシガシ掻きながら「しょうがねぇなぁ」と言ってビルの中にあるセレクトショップへと連れ出した。リオも一応制服を着るかどうが迷ったのだが、選択肢がそれしかないからしょうがなく着たまでだった。
「好きなもん選べ。買うの決まったら呼びに来いよ、俺は外にいる。」
それだけ言うとゼノンはすたすたと行ってしまった。まぁもとから一緒に選んでほしいなんて思っていなかったから良いのだが。
一通り店内をぶらぶら見て、無難そうな黒いパンツに薄ピンクのキャミソール、グレーの上着を選んだ。店の外へゼノンを呼びに出たのだが肝心の彼の姿が見当たらない。
あちこちキョロキョロしてると喫煙所から出てくる男の姿を発見出来た。
「おう、決まったか。」
リオは一応と返事をして店内でその三つを並べた。
「そうか、じゃあさっさと着替えて来い。」
促されるまま試着室へ通される。早々に着替えを終わらせて試着室を出ると笑顔の店員がお世辞にも「よくお似合いですよ。」などと言葉をかけて来た。レジに支払いに行こうと品物の代金がいくらか聞くと、店員からはリオの予想外の反応が返ってきた。
「もう精算はお済みでございます。お連れのお客様が外で待っていると。素敵な彼氏さんですね。」
きっとこの店員に悪意はないのだろう。素敵な彼氏という部分だけ否定すると足早に店内を出た。
「服のお金払うよ。」
リオがおもむろに財布を取り出すとゼノンはすたすたと前を歩いていてしまう。
「無理やりつき合わせてんだしこれで借りはチャラな。」
不器用なゼノンらしい答えだ。まぁ当のリオ本人は借りのことなんて微塵も覚えていなかったのだが。それから二人で無難に映画を見に行くことにした。
選んだ作品は動物ものの感動系ストーリー。この作品をリオが特別見たかった訳ではないが、ゼノンが唯一「いいんじゃないか」と言ったから選んだ作品である。
場内に入り、中段の真ん中という絶好のポジションに座る。平日ということもあってそこそこ人が座っていたが混雑はしていなかった。やはり親子連れやカップルの姿が目立つ。二人もはたから見たらきっとカップルに間違えられているのであろう。リオは一人そのことを不服に感じていると上映開始のブザーが鳴り、場内は徐々に薄暗くなっていった。
映画の内容は予想通り犬の親子が苦難を乗り越え飼い主に会いに行くという典型的な感動ものだった。一番の山場、飼い主に犬たちが駆け寄ってくシーン。周りからは鼻をする音や嗚咽が聞こえてくる。
元々リオはこの手の話を客観的に見てしまうため、ありきたりだな・・・などと思いながら、ふと隣を除いた。
(おいおい・・・)
隣の席に座っている銀髪は目にいっぱい涙を溜めて決壊するのを必死に我慢している。この手の感動話に弱いらしい。
意外性を感じつつ見なかったふりをしてリオは眠気を堪えつつそのままスクリーンの中の親子の行方を見守った。
上映が終わり外に出ると予想通りゼノンの目は真っ赤だった。そんななりをしながらも泣いていたことを悟られないように「くだらなかった」などと一人感想を述べている。その姿にリオは「トイレ行ってくれば」の一言しか言えなかった。
映画を見終わる頃には調度いいお腹の空き加減だった。いつもは社員食堂でしかご飯を食べないのだが、今日ばかりはデートというわけで二人はレストラン街に向かう。
夕飯より少し早い時間ともあって全体的に店は空いていた。二人は調度いいご飯屋さんに入りほっと席に腰掛けた。
結局のところ、買い物に行っても映画に行ってもご飯を食べに行ってもメリッサに会うことはなかった。きっとゼノンが心配しすぎなのだろう。
今日一日リオがゼノンといて学んだこと。それはこいつはなぜだか女の子に注目されるということだった。
買い物に行っても、映画館に行っても、歩いていても、どこにいたって周りの視線が突き刺さった。確かに彼の容姿がいいのは認めるが、ゼノンの口と頭の悪さを知っているリオにとっては全力で理解が出来なかった。
「ねぇ、ゼノンってさ彼女とかいるの?」
リオの唐突な質問にゼノンはお茶を噴出しそうになる。
「なんだよ急に。いねーよ、んなもん。」
その返答はリオの予想通りだった。すると今度はゼノンの方から質問が飛んだ。
「お前さぁ、寂しくねぇか?」
これは予想もしていなかった質問だ。リオは軽く頭を傾ける。
「いや、他意はねぇよ。現世界から一人で来て寂しくねぇかってことだ。ほら、現世界には家族もいたんだろ?俺には両親がいねぇから親っつってもよくわかんねぇけどさ、まぁ一応あんなんでもメリッサのやつはいるし。でもお前はもう家族に会えねぇじゃんか。」
そういえばそうだとリオはこの時思い出した。今の今まで激務に追われそんなこと考えている暇もなかったのだ。寂しくないと言えば嘘になるが、かといって特別寂しいと思ったことはなかった。
「今はティファとゼノンが私の家族みたいなものだから。寂しくはないのかな。」
それがリオの正直な気持ちだった。ティファとゼノンが思った以上にリオの心の中を占めている。それが寂しいという概念を取り払ってくれていたのだ。
「そっか。そんならいいんだけどよ。」
そう言ってゼノンは優しく微笑んだ。
二人は早い夕飯を済ませるとエレベーターに乗りMEGAMIの宿舎へと向かった。
リオの部屋があるフロアで二人は一旦降りた。
「今日は悪かったな、無理やり付き合わせちまってよ。」
「別にいいよ、暇だったし。」
「そうだよな!」
ゼノンの笑みと共にリオのこめかみに青筋が浮き上がる。本当に最後までデリカシーのないやつだ。
「じゃあまた明日。おやすみ。」
「おう。」
気分をイラつかせながらリオがエレベーターに乗り込もうとした時だった。
「次はちゃんと服買っとけよ。」
その声にリオが振り向くともう既にゼノンは反対方向に向かって歩いていた。
次なんてあるのだろうか。心の中でそう思ったがそれが彼なりの精一杯の楽しかったという気持ちなのだろう。エレベーターの中のリオは薄っすらと笑みを浮かべていた。
一方所変わってMEGAMI統率指令本部コントロールセンター。
ここではバクの所在地を示す巨大なモニターや討伐に出ているMEGAMIたちの現在地がわかるシステムなど、MEGAMIに関するありとあらゆる重要機密たちが管理されている。
数十人のオペレーターが世話しなく作業を進め、仕事をぬかりなく処理していく。
ノアはよほど重要な仕事が入らない限りこのコントロールセンターに赴いていた。何かあった際に指示を下すのはこの齢十六歳の少女である。
彼女の椅子の隣には眼光の鋭い白髪交じりの男が立っている。鍛え上げられてがっしりとした体格は元討伐隊隊長であった際に身に付いたものだろう、とても五十歳を過ぎているとは思えない。名はアウシュレッド・フランドル、局長補佐だ。
今日もいつもと同じくバク出現の予測を立て、それに併せて討伐隊員を選出する。選び方はほぼランダムだが、もちろんハルトは例外だ。
「今日も順調のようですね。」
ノアが笑顔でフランドルに話しかけた。
「はい、このところバクの出現率は安定しています。」
きっとはたから見ればノアではなくフランドルのことを局長だと思うだろう。
いつもと同じ、そう思いノアが仮眠をとりに戻ろうとしたその時だった。けたたましいサイレンと共に目の前の巨大モニターが赤く染まり始める。一つ一つの小さな点がバクの所在地を示すのだがその量が膨大に増え続けモニターを赤く染めている。
「フランドルさん、これは!」
階下ではオペレーターたちが戸惑い対応に追われている。こんなことMEGAMI創設以来起きた事はなかった。
「何者かに仕組まれたものですな。」
そう考えざるをえなかった。バクの数はここ四百年間ほぼ一定でそれが爆発的に増えたためしなどなかった。
「至急緊急会議を行います。MEGAMIの全討伐隊員を集めてください。その他オペレーターは原因究明を急いで下さい。」
早々に指示を出しノアは一人会議室へと向かった。
「こんなことなら昨日ちゃんと寝とくべきでした。」
ノアは昨日遅くまで資料を片付けていたことを悔やみながら今後の対応を模索するのであった。




