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第三ステージ  雪原の先に

 この超高層ビルの中には世界中からありとあらゆる本が貯蔵された巨大な図書館が入っている。そこには現世界の書物も多く取り揃われていた。中には訳の分からない文字のものも多く存在したが、ある程度であれば翻訳機を使いそれらを読むことも可能だった。

 自分のバクに関する知識の乏しさからリオは図書館にも多く足を運んだ。

 もちろんバクに関する著書も存在し、その歴史はリオの想像を遥かに超えた昔から存在するものだということを知った。その大体が宗教学や民俗学から来るものだと思っていたが、実は歴史の分野に多く残されていた。つまり架空の生き物ではなく古代から実際に存在する生物だと証明されているのだ。

 てっきりドラキュラやフランケンシュタインや狼男のようないわば空想上のモンスターと同列に考えていたのだが、どうやら大きな間違えを起こしていたらしい。

 MEGAMIについても多くの伝記や物語が残っている。古くからリオたちと同じように討伐する者たちがいて、それは昔神徒<しんと>と呼ばれていた。今でこそMEGAMIなどという大層な組織化されているが、古くは神の使いたちが現世界を巡回しバクが現れればその都度討伐を行っていたのだ。今から考えればかなり気の遠くなるような作業だが、神の使いたちはこれを自分たちの使命と信じ生涯を全うしていた。

 中でも神徒を束ねていたセレウス・アリーシアという女性は大層な偉人として多くの歴史書に名を残していた。歴史書には今のMEGAMIの足がかりを作ったのが彼女で、神徒の繁栄に大きく貢献したと記してある。そしてセレウスが今のMEGAMI統率指令本部局長ノア・アリーシアの曾祖母にあたる。

 膨大な量の歴史書や伝記を読み漁ったが、リオのような中央界から現世界に流れ出てしまった者のことは一切記されていなかった。リオが一番知りたかったのはその部分であり、バクについて調べるというのは単なる図書館に行く口実に過ぎなかった。

 そして調べれば調べるほど自分のことを否定されているようで気持ちが宙に浮いたままになった。自分で自分の首を絞めている。そのことを分からせるかのように手元に残る資料は減っていった。

 平日の昼間の図書館ほど人がいないものはない。見渡す限りに続いている机と椅子たちの中に極わずかの人の頭が見える。その中でリオはゆっくりと背伸びをし『神徒における中央界の成り立ち』という飾り気のない本を閉じた。

 その時不意に制服のズボンの右ポケットから振動が伝わった。取り出してみると先日ティファから無理やり持たされた携帯電話が震えている。元々縛られることが苦手なため携帯も持ちたくはなかったがリーダーのご用命とあらば仕方がない。しかし番号を知っているのはティファとゼノンだけなためチーム専用回線になり下がっていた。

 通話ボタンを押ししぶしぶ電話に出る。

「はい。リオです。」

「リオ?休憩中悪いんだけど緊急の討伐要請が入ったのよ。急いでコンタクトルームまできてくれるかしら。」

「はい。すぐ向かいます。」

 用件だけ伝え携帯を再びポケットにしまう。最近は以前に比べ討伐に向かう回数が格段に増えた。初めて討伐してから3ヵ月、当然といえば当然だ。もうつかまり立ちの赤ん坊ではない。どんどん討伐に出て早く自立しろということであろう。

 しかしリオはあれから目立った功績も残せず、むしろ他の二人のお荷物になっていた。討伐の回数が増すたびに憂鬱な気分も増す。ティファは気にすることはないと言ってくれているがどうしても足手まといになるのがイヤだった。怪我でさえしていないものの九死に一生を得る場面は何回もあった。そのたびに二人に助けられ自分の不甲斐なさを知るのである。

「はぁ。」

 自然とため息もこぼれる。まだMEGAMIになって日が浅いのだからと言ってしまえばそこまでだった。しかしそんな甘んじた答えに納得できるはずもなく、毎日一人で居残り練習をしているのである。

 リオがコンタクトルームに着くと既に他の二人は準備をしていた。

「すいません、遅れました。」

 実は図書館からこのコンタクトルームは結構遠い。エレベーターをいくつか乗り継ぎ端から端へ移動しなければならない。

「全然いいわよ。こっちこそ急にごめんね。コントロールセンターのやつらが間違えて討伐チームの手配をしてなかったらしくてさぁ。まったくしっかりしてくれって感じよねぇ。」

 文句を言いつつあははと笑いながらティファはリオの肩に手を乗せた。この人はいつだって変わらない。屈託のない笑顔で周囲をたちどころに和ませてしまう。そんなティファに続いてリオも自然と微笑んだ。

「おいリオ、今回はネオバクの討伐らしいぜ。お前初めてだろ。」

 ゼノンの口から聞きなれない言葉が飛び込んできた。いや、一度局長から話しがあったから正確には二回目だが。

「ネオバクって魂がそのまま浄化するはずが間違ってバクになるってあれ?」

「あぁ。今回はそいつを元の霊魂に戻して上世界に送るんだ。間違ってそのまんま討伐すんなよ。」

 ゼノンから更なるプレッシャーがかけられる。ただでさえ満足に討伐出来ていないのに元の霊魂に戻すことなんて出来るのだろうか。

「大丈夫よ。私が元に戻すからあなたたちは存分に戦いなさい。」

 リオが不安そうな顔をしていたからだろうか、ティファが自信満々に言う。

「存分に戦うはいいけどよ、お前こそ戻し損ねんなよ。」

ティファは失礼ねと言いながらエレベーターに向かった。そのあとにリオとゼノンが続く。

「いつでも準備OKよ、アレン。」

アレンと呼ばれた白衣の男は、ずり落ちそうな眼鏡を上げながらコンピュータから目を離し三人の方を見た。

「今日はとびきり張り切ってるね、ティファ。くれぐれも怪我しないように。」

「アレンに言われなくてもいつも無事帰って来てるわよ。」

 アレンはこのコンタクトルームの室長である。まぁ他に部下などはいないのだけれど。いつも現世界に行く際は討伐隊をサポートしている。リオにとっても顔見知りが少ないMEGAMIで打ち解けることができる貴重な人物だ。

 彼は重要なコンタクトルームを任されているというだけあってかなりの切れ者であり優秀なのだが、どこか抜けている節もあってティファには頭が上がらない。

「そんな連れない事言わないでよ、ねぇリオちゃん。」

(こっちに振られても困るのだが。)

 リオは心のうちがバレない程度にアレンに笑みを返す。

「それじゃあ気を付けてね、行ってらっしゃい。」

アレンはくしゃっと笑い赤いスイッチを押した。それと同時に3人はその場から消え現世界に送られた。

「楽しんでおいでよ。」

 一人残されたコンタクトルームでアレンは冷めたコーヒーにゆっくりと口を付けた。


3人はいつものごとく無事地上に降り立った。現世界は冬というだけあって辺り一面銀世界である。

「う…さみぃ。」

人一倍寒さに弱いゼノンは両手で体を擦っている。MEGAMIの制服は防寒防火仕様になっているのだが、それでも豪雪地帯には順応仕切れていない様だ。

「本当ね、早く片付けて帰りましょう。」

互いに合図しあってバラバラになりバクを探すことにした。もちろんその方が効率が良い。それぞれに反対方向に走りだすと間もなくゼノンから他二人に連絡が入った。

 少し遅れて二人が到着するとそこには一匹の女王蜂が飛んでいた。蜂といってもかなり巨大で軽く2メートルはあるだろう。リオは今までの討伐で数々のバクに会ってきたがそのほとんどが奇形で巨大な動物の形をしていた。しかし今回の様な昆虫を目の当たりにするのは初めてである。

「ゼノンとリオはバクを引き付けて。その隙に私が鎮静剤を打ち込むから。」

ティファが素早く二人に指示を出す。ネオバクの場合、理性を無くしているため暴走してバクになっている。つまりその興奮を取り払えば元の霊魂に戻るのだ。

「わかった。ティファ気を付けてね。」

リオは剣を抜きバクのいる宙へと舞い上がった。ゼノンも同じくして宙へ浮きバクの方へ飛んで行く。ティファは二人をよく見渡せれる場所でバクに銃の標準を定めていた。

空からは雪が舞い始め今夜は吹雪になりそうだった。その前になんとしてでも任務を片付けなければならない。こんな寒い中でバクに返り討ちにあうだなんて真っ平ごめんだ。しかし今回はただ単にバクを討伐すれば良い訳ではないので、二人もやたらに手は出せないでいた。

 行動に迷っている二人にバクの方から先制攻撃を仕掛けてきた。女王蜂の尾から無数の針が飛んでくる。どこにそんなたくさんの針が仕込まれているのかは謎だが、恐らくその針には猛毒が仕込んであるのだろう。リオもゼノンも攻撃は避けれるものの、思うように攻撃出来ず中々の苦戦を強いられていた。

 いつの間にかリオの目の前には女王蜂が立ちふさがっていた。羽音が大きすぎて気持ち悪い。このまま叩き切れたらどんなに爽快だろうと思ったがその思案はすぐに打ち砕かれる。女王蜂がこちらに針を向けると同時にゼノンが横からその針を叩き割った。するとリオもとっさに剣の刃を背にして柄頭の方から女王蜂を叩き付けた。

 いくら切られてはいないからとはいえ女王蜂にとってはかなりのダメージなのであろう。その身はもだえ地上に落下していく。女王蜂は地上に叩きつけられ羽をかすかに動かしていた。

 この機会を待っていたかのようにティファが鎮静剤を打ち込むと女王蜂はピクリとも動かなくなった。薬が効き興奮が収まったのであろう。バクのその姿は崩れていき光る玉のような姿に変わった。

 リオにはその玉が霊魂なのだと分かった。その光はとても優しく温かい。その瞬間言葉ではなく頭の中に直接「ありがとう」という言葉が響いた。するとあっという間に光が彼方に飛んでいき雪原の中には戦いを終えた三人だけがたたずんでいた。

「なんとかなったな。」

 ゼノンはリオの方を見て微笑んだ。リオも緊張が解けたからかいつもの討伐あとより表情が柔らかい。久々に二人の役に立てた気がしたのだ。

「お疲れお疲れ。良くやったわ、二人とも。」

 反対側からティファが上機嫌で近づいてきた。一番安全なところにいたからかその表情は晴れやかだ。

「さっ、こんな寒いところさっさと退散して早く飲みに行こう!」

「まじかよ・・・まぁそうだな。さっさとずらかろうぜ。」

 雪は強さを増して降り続いている。この戦いでリオはなにか心に吹っ切れたものを感じた。それはきっと気のせいなんかではなく、やっと現実を受け入れる決心が出来たからだろう。二人がリオを信頼すればするほど重くのしかかっていたものが、ようやく流れ始めたのだ。

 今までバクを討伐することに迷いがあり、夜眠れないこともしばしばあったがそれは今回の戦いで十分減らすことができた。もちろんまだ自身をもって討伐出来る訳ではないが先ほどの霊魂の言葉がリオを後押ししていることは確かである。

「リオー行くよ。」

 ティファに差し出された手はリオの心にしっかりと届いている。リオはその手を掴み答えた。

「はい、帰りましょう。」

 その顔には一点の曇りもなかった。


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