第二ステージ 最狂の君(一)
「いたたたた・・・。」
「だらしねぇなぁ、こんぐらいで、よっ。」
ベシンッ。
「いったーい!」
リオはティファとの毎日の訓練によって至る所を負傷していた。それはいつまでたっても上手く飛べないリオが悪いのだが。
飛行訓練をし始めて一ヶ月になるが中々思うように上達しない。俯くリオにゼノンが思いっきり湿布を貼った。自分でやるからいいと言うのだが面白半分かゼノンはいつも傷の手当をしてくれる。
「よし、終わったぜ。ったくお前もそろそろまともに飛べるようになれよな。どんくせぇ奴。」
もっともなことを言われてリオはなにも言えなかった。もう普通に飛ぶことは出来るのだが、スピードは遅いし障害物は避けれないし高くも飛べなかった。それだけに本人も少し落ち込んでいる。リオがなお俯いているとゼノンが頭を掻きながら気まずそうな顔をした。
「・・・あーったく、別にてめぇを責めてる訳じぇねぇよ。他の奴らに比べたら飲み込みは早ぇだろ。あとちょっと練習すりゃ出来るようになるんじゃねぇの?」
リオはやっと俯いていた顔を上げてゼノンの方を見た。やっぱり明後日の方を見てタバコを吸っている。彼なりに精一杯励ましてくれているのだと悟った。
(うん、やっぱりいいやつだ。)
口は相当悪いけどそれも照れ隠しなのだと最近分かってきた。
「ありがとう。いつも練習付き合せちゃってるし怪我の手当して貰っちゃってるし。ごめんね。私早くゼノンに追いつけるように頑張るよ。」
いつまでも落ち込んでいても仕方がない。上手くなるには練習あるのみ、リオはティファやゼノンのためにも早く上手くならなければと思った。
「あぁ。じゃ、俺行くわ。また明日な。」
そう言ってゼノンは手を上げて訓練場から出て行った。リオはゼノンの背中を見送りいつものようにしばらく一人で居残り練習をするのだった。
普段どおり足元に氣を送り込む。足元が温かくなるのを感じると一気に天井近くまで上昇した。そこから右に旋回しジグザクに立っているポールを避けながらゆっくりと速度を上げていく。
(うん、いつもよりいい感じ。これならいけるかも。)
リオはぐるぐる回旋しながらネットをくぐった。ずっと出来なかった飛び方だ。ネットとネットの間を絡まらないように慎重にスピードを上げながら一つづつクリアしていく。
そして最後のネットをくぐり抜け「やった!」と思った瞬間だった。
油断して突き出たポールに肩を強打する。バランスを崩し真っ逆さまに落ちていく体。床とリオとの距離を考えると体勢を持ち直すことは不可能だった。
(まずい、ぶつかる)
リオは覚悟を決め思わず目を瞑った。
ボスンッ。
そう身構えた瞬間だった。床に叩きつけられる直前何かに受け止められた。もちろん体は全く痛くない。リオが恐る恐る目を開け見上げるとそこには見知らぬ顔があった。今その人にお姫様抱っこされている形になっている。
「あ・・・あああの、すいません!」
思わず顔が赤くなる。失敗したのもその一因だが、なによりお姫様抱っこが恥ずかしかった。その受け止めている当の本人は笑顔で何も言葉を発しない。
「あの、お・・・おろして貰っても?」
その人は何事も無かったかのようにリオの方を見た。
「あぁ、ごめんね。はい、どうぞ。」
リオはゆっくりと地上に足を下ろした。さっきポールにぶつけた肩がズキンと痛む。
「っつー。」
思わず肩を押えてしゃがみこんだ。スピードを上げすぎたせいだ、上手くネットを交わせてちょっと調子に乗りすぎた自分にリオは少し後悔した。そしてあのままゼノンと帰ってれば良かった、と思った。
「大丈夫?血、出てるよ。」
リオはそう言われ初めて自分の肩を見る。傷はそんなに深くないが完全に流血している。これで明日ゼノンからいつも以上に馬鹿にされることが確定した。自分の体のことよりそんなことを心配して憂鬱にもため息が漏れる。
「とりあえずそこの医務室で手当てをしないとね。さぁ、行くよ。」
名無しの彼はリオをグイっと肩に担いですぐそばの医務室に向かった。この細い体のどこにそんな力があるのかと不思議なほど軽々と持ち上げられる。
「わぁっ!ちょちょちょっと!大丈夫です大丈夫です!一人で歩けますから!」
「いや、この方が早いし。」
彼は笑顔を絶やさずにあっという間に医務室まで移動した。リオは無人の医務室にある椅子にそっと降ろされた。彼が棚から消毒液とガーゼと包帯を持ってくる。
「じっとしてるんだよ。」
その鮮やかな行動を黙って見ていたリオは大人しくコクンと頷いた。
背はゼノンより低いがまぁ高い部類だろう。華奢な体に髪は栗色でサラサラしていて顔は始終笑顔だ。だからかもしれないが何を考えてるか全く分からなかった。消毒は酷く染みたがそこはグッと我慢する。
「あの・・・MEGAMIの討伐隊の方ですよね。色々やって貰っちゃってすいません。」
「よし、これで大丈夫だと思うよ。そうだね、一応君と同じで討伐隊に所属してるかな。じゃあ手当ても済んだし、俺は行くよ。」
それだけ言って去ろうとする彼の服をリオはとっさに掴んだ。
「名前・・・教えて下さい。」
命の恩人(大袈裟だけど)の名前さえ知らないなんてきっと罰が当たる。後日ちゃんとお礼をしなければいけないだろう。
「うーん、そうだな。君にならまぁいっか、俺の名前はハルト。あっ、背中の筋いっちゃってるからあんまり動かさない方がいいよ。」
「えっ。」
思わず後ろを振り向くと背中に酷い激痛が走る。
「いたたたたぁ・・・。」
そしてリオが顔を上げるとそこにはもうハルトの姿はどこにもなかった。
一人医務室に残され、また深くため息をついた。それは明日のことを考えてではなく恩人のことを考えてのため息だった。
次の日。
朝起き上がると共に全身に激痛が走る。昨日負傷した肩が痛々しかった。痛みを我慢して着替え顔を洗い食堂に向かう。もうティファとゼノンがリオの部屋に迎えに来ることはなくなった。
いつも三人が座っている定位置に近づくと既に二人は席に座って朝食を摂っていた。
「お・・・はようございます。」
リオがぎこちなく挨拶をするとティファは不思議そうにリオを観察した。
「おはようリオ。・・・また怪我したの?」
ギクッ。ティファの目が怖くてまともに顔を見ることが出来ない。それと同時にゼノンが無理やりリオを自分のほうを向かせ詰め寄った。
「てめぇ昨日あれからなんかあったんじゃねぇだろーなぁ。」
一見心配してくれているように見えるが、目は全然笑っていない。こういう時の彼はかなり怒っている。以前リオがビル内で迷って三時間も放置した時も同じ顔をしていた。
様は心配していてそういう態度になるのだが、彼の場合は怖すぎる。それはティファも同様だった。
「昨日ちょっと着地に失敗して肩を打っちゃって。あと背中の筋も・・・ごめんなさい!」
リオは潔く謝った。もうそれはただただ謝り続けた。この約一ヶ月で結局はそれが一番怒られずにすむ方法だと悟っていからだ。
「それで?病院には行ったの?どうせ怪我の手当て出来てないんでしょ?」
しょうがないわね、という感じでティファはため息をついた。依然ゼノンは黙ってリオの方を見ている。
「手当ては昨日して貰いました。たまたまいた討伐隊の人に落下した時キャッチして貰って。あの人確か・・・ハルトって言ったかな。あっ二人はもしかしてその人知ってますか?」
リオは二人がハルトを知っていたらいる場所を教えて貰おうと思っていた。いくらMEGAMIの討伐隊の人数が少ないからと言ってリオが探し当てるには時間がかかりすぎる。
しかしリオの想像した反応とは違いティファは口をぽっかりと開け唖然としていて、ゼノンはなぜか頭を抱えてる。
(私何かまずいこと言った?)
「てめぇハルトのやつに会ったのか。ちっ、最悪だな。で、ハルトがその怪我の手当てをしたのか。」
「うん。・・・なにゼノン、ハルトと知り合い?」
ゼノンのこの言い方からして仲のいいお友達って感じではないであろう。そして頭をガシガシと掻きながら説明し始めた。
「あいつは・・・手っ取り早く言やぁ超最悪な危険人物だ。確かに一応俺らと同じ討伐隊に所属してるけどな。あいつは俺らと違ってチームを組んでねぇ、常に一人で全部片付ける。お前は俺たちがなんでチームを組んでるか分かるか?・・・一人でバクと殺りあうなんざ危険過ぎるからだよ。それでもあいつが一人で任務を任されてんのはその桁外れの戦闘能力のせいだ。ふらっと現れて任務をこなしたと思やぁ奴が暴れた後は何も残んねぇ。戦闘マシーンなんだよ、あいつは。そんなあいつがただ単に人助けするなんざ到底考えられねぇ。ったくやつの気分で殺されなく良かったな。」
リオの背筋が凍りついた。あの笑みにはそんな顔が隠れていたのだ。リオはそんな危険人物にお姫様抱っこをされ、はたまた手当てまでしてもらっていたことになる。
しかし、そのことを聞いてもリオは身の危険は感じなかった。根拠は無いがハルトはゼノンと同じで根っからの悪い奴ではない。そんな気がしたのだった。
その日は実地訓練なんて出来るはずも無く、二人ともティファにみっちり座学を強いられた。久しぶりに頭に色んなことを詰め込まれて脳みそは爆発寸前だった。八時間のお勉強が終わった頃にはリオもゼノンもぐったりしていた。
「おいリオ。」
「今話しかけないで、頭からなんか出そう。」
リオが頭を抱えながら机に突っ伏しているとゼノンはそれ以上話し掛けて来なかった。
肩の傷は思ったよりも早く回復して一週間もすればまた浮遊訓練が出来るまでになった。あまり長く休みが続けば体が感覚を忘れてしまいそうで恐かったが、その心配はいらずにすんだ。
あれからハルトには遭遇していない。元々あまり人前に出て来ない人らしくリオがあの時訓練場なんかで会ったのは奇跡に近いらしい。
彼にきちんとお礼をしなければ・・・という気持ちはあったが、そのことを言うとティファもゼノンもいい顔をしなかったから自然となぁなぁになっていた。
それよりも今日はティファの主催する浮遊試験が行われるためリオはかなり切羽詰まっていた。
「じゃあリオ、ゼノン、準備はいい?」
ティファはそう言い楽しそうに右手でストップウォッチを持ち、左手に持ったメガホンを使って叫んだ。
「はい。」
「いつでもいいぜ。」
リオとゼノンは白線の引かれたコースのスタートラインに立つ。
「いくわよ!3、2、1、ゴー!」
スタートの合図と共に訓練場内のコースを飛んで行く。障害物を避けながら旋回しスピードを上げる。リオは相変わらず物凄いスピードで飛ぶゼノンを目で追いながら飛ぶので必死だった。もちろん付いては行けないのだがそれでも必死に食らい付こうとする。
一番遠いポールにタッチしてスタート地点まで戻り試験は終了した。ゼノンとリオとは倍程タイムが違う。それはそれでリオを落ち込ませたがティファはかなり誉めた。
「お疲れさま、リオ。凄いじゃない、かなり上達したわね。」
リオも自分でも良くやったと思う。体中がガタガタだったが達成感はいっぱいだった。
「これならもう実戦も行けるわね。」
「ったくやっと実戦かよ。腕が鳴るぜ。」
そう言うゼノンの顔はオモチャを前にどうやって遊ぼうかとワクワクしている子供のようだ。
実戦・・・。そのために今まで練習してきたのだが、リオにはいまいち実感が湧かない。恐らく考えている程甘くはないだろう。
「局長には私から報告しとくわ。いつ実戦が入るか分からないけど、いつでも行けるようにコンディションは万全にしとくよーに。」
それを合図として今日は解散することになった。リオはゼノンの誘いを断り、一人最近見つけたお気に入りの場所へと向かった。
そこは以前迷子になった時、偶然発見した場所だった。ビルの一角にある不釣り合いなドーム状の建物。興味本位でこっそり入ってみると真っ暗い場内に五十脚程の椅子が並べられ、天井には無数の光が輝いていた。
プラネタリウム。リオの記憶の中では小学校の遠足で行った以来だった。懐かしさと共に席に座り偽りの空を見上げる。星なんて見るのは一体どれくらいぶりだろうか。偽物だと分かっていても素直に感動してしまっている。
「綺麗・・・。」
「それは偽りの星空でも?」
リオははっとして声のした方を振り向いた。そこに立っていたのはずっと探していた人物だった。
「ハルト・・・さん。」
「やぁ。まさかここで君に会えるなんて思ってなかった。傷は癒えた?」
今リオの前にはゼノン曰く超最悪な危険人物が立っている。しかしやはりその顔は以前と同じ笑顔で、そんな風には見えなかった。
「はい。あの時は本当にありがとうございました。」
とりあえずぴょこんと頭を下げてこの前の礼を言った。リオの言葉を聞いていないかのようにハルトは夜空を見上げている。
「もう任務はこなしたの?」
「い・・・いいえ、明日が初めての任務です。」
ふーん、とハルトは会話に興味がないのか(自分から話を振るのに)顔を向けることもない。沈黙が続き、耐えきれなくなったリオが口火を切った。
「ハルトさんって強いんですね。一人でバクが倒せるなんて凄いです。あっこのことはゼノンから聞いたんですけど。」
「強い?そうかな、あいつらが弱いんだよ。」
ゼノンが強いと言っていたバクを弱いと言う。この人は戦うことが怖くはないのだろうか。そんなことを考えていると彼はリオの気持ちを悟るかのようにふっと笑った。
「俺にとって戦うことは生きることだからね。戦っていないと生きていることを忘れてしまう。だから戦うんだよ。」
そしてハルトはゆっくりとリオの方を見た。二人の間に不思議な時間が流れていく。彼に見つめられたリオは時間が止まっているような錯覚に陥った。
「さぁもう行こうかな。邪魔したね。」
そう言いリオの隣をするりと抜けていく。振り向くとやはりそこに彼の姿はなかった。
生きることは戦うこと。その一言だけがリオの頭の中をぐるぐると支配していた。それと同時に自分にとって生きることは何に値するのだろうという疑問が浮かんだ。
一度死んでいる身で生きるという固定観念を考えるのは可笑しなことだと思ったが、こんなことがなければ一生考えることも無かったであろう。リオは一人残された暗闇の中で無数の偽りたちを眺めていた。




