第一ステージ 未完成な天使(一)
長い廊下をティファの履いているヒールの音だけがコツコツと響く。リオは先ほどの真っ白い世界とは相反してどこかのオフィスタワーの廊下を歩いていた。
外から見た限りだとかなりの高層タワーで、セキュリティーは物凄く厳しいと思われる。もちろん窓もないし監視カメラはかなりの数が起動している。きっと見えていないだけでスパイ映画なんかに出てくる様な赤外線センサーとかも作動していて、変な行動をすれば即刻レーザーが飛んでくるのだ。
リオはふざけ半分にそんなことを考えていたがあながち冗談でもなさそうである。
一つ疑問なのはここに来るまでのエレベーターのことだ。そのエレベーターには他の階数のボタンはなくここまで直通だった。それはこのフロア専用のエレベーターだということを示している。つまり他の場所よりも外部の進入を避けたいような重要な場所であることが伺えた。
廊下の突き当たりまでくるとティファはこのフロア唯一の部屋のドアをノックした。
「局長、連れてまいりました。」
インターホンに向かいそう言いカードキーを挿し暗証番号を入力する。それと同時に扉についているスピーカーから「どうぞ」という声が聞こえた。指紋認証や声帯認証をクリアすると扉が自動的に開いた。
「失礼します。」
リオはティファに続いて駆け入るように急いで部屋に入った。さもなければすぐに扉は閉じて二度と受け入れてもらえないような気がしたのだ。
まずそんなことはないのだろうが、今まで見てきた厳重なセキュリティーが一般人であるリオを極限までに緊張させる。何一つ悪いことはしていないのだが気分はスパイ映画の主人公だった。
部屋の中を見回してみるととても広いことに気が付く。奥はガラス張りになっていて外の景色がよく見渡せた。しかし家具や調度品は少なく、部屋の奥の中央に大きな机と椅子がポツンと置いてあるだけだ。
玉座に座っていたのは一人の女の子だった。
年は十六歳そこそこだろう。ブロンドの長い髪をしたとても可愛らしい子だった。その子がリオたちの方を向き近づいてくる。
「こんにちは、リオさん。よくいらっしゃいましたね。ごめんなさい、いきなりでびっくりしたでしょう?私はMEGAMI統率指令本部局長をしております、ノア・アリーシアと申します。どうぞお見知りおきを。」
そう言い深くお辞儀した。局長という位だからこの人がこの組織で一番偉いのだろう。しかし若く見えるせいか全然そうは思えなかった。リオはただ「はぁ。」と間の抜けた声で答え向こうの様子をうかがう。
「訳が分からないって顔をされてますね。ふふ、無理もありません。これから私があなたの今置かれている状態とこの組織について少しお話しますね。あっ、ティファはもう下がって良いですよ。」
ノアはそう言ったがティファはその場から立ち去る雰囲気はない。
「一緒にお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
そう言い私のほうを見てウインクをした。どうやら私のことが色々と気にかかるらしい。
「もちろんですわ、それでは話を先に進めましょう。っとその前にみなさん、何か飲まれますか?」
三人はエレベーターを乗り換え応接室のようなところに移動した。その間特に誰が喋るでもなく沈黙だけが続く。全員が女だったことがリオにとって唯一の救いだった。もし何かされてもきっと抵抗が出来るだろうから。
そんな身の危険を感じつつ慎重に彼女らの後に続いた。
応接室に入り少しするとどこからかティファが紅茶の入った3人分のティーカップとポットを持って入ってきた。目の前に置かれたカップを手に取ってみるとその暖かさがリオの緊張を幾分か解してくれる。
皆が席に着き落ち着くと、ノアが静かに話し出した。
「まず何から説明すればいいのかしら・・・そうですね、分かりやすいようにこの世界のことから話しましょう。」
ノアはそう言い飲もうと思ってたであろうカップを机に置いた。
「この世の中には3つの世界が混在しています。1つはリオさんが今まで生活をしていた現世界。そして今いるここが、中央界。もう1つが上世界です。現世界で人は死ぬと上世界に逝くか抹消されるかの二択を選ばれることになります。抹消されるか抹消されないかの違いはというと、現世界で亡くなってから変化<へんげ>するかしないかによります。変化しなければそのまま上世界に送られるのですが、変化するとその存在はバクという怪物になります。バクは凶暴で自分の意思というものがありません。ですから現世界で暴れ周り、他の者たちに危害を加える前に抹消されます。しかし困ったことに中には訳も分からずその場の感情に流されバクになってしまう人間もいるのです。」
言いながらノアはカップの淵を指でなぞっている。先ほどからずっとスプーンをくるくると回したり持て余した指を遊ばせたりしている。何かをしながらでないと落ち着いて話せないのだろうか。
しかし彼女の行動が気なるリオも話に集中していない証拠なのだろう。
「その人たちも抹消されるんですか?」
質問してきたリオに幾分驚いたのかティファとノアは微笑んだ。
「そういうバクは極稀なんだけどね。」
ティファの答えにノアは頷き、既に冷めた紅茶を一口飲むとまた話を進めた。
「もちろん、誰でも抹消するという訳ではありません。そうやって道に迷いバクになった人たちのことをネオバクと呼ぶのですが、普通のバクと違って必ず特徴が出ます。私たちは凶悪なバクを抹消するのと同時に彷徨っているネオバクを通常の霊魂に戻し、上世界に送るという役目も担っているんですよ。あっ、もちろんそのためには素手で戦う訳にはまいりません。」
そう言うとノアはここに来て初めて少し笑顔を溢した。
「私たちには霊具という武器が一人に一つづつ支給されます。それはバク撃退用の武器になっています。バクには普通の武器は一切通用しません。まぁ一般の方々にはバクが見えませんから攻撃は出来ないのですけれど。どうでしょう、簡単に説明しましたが少しは分かっていただけましたか?」
リオはこの非現実的な話を聞き、頭ではなんとなく分かっていたが気持ちが付いてきていなかった。
自分はなぜそんなMEGAMIなんかに選ばれたのだろう、そしてこれからいざその化け物と対峙した時においそれと倒すことなど可能なのか。
元々そんなに物事に動揺する性格ではなかったが、今回は少し規模が大きすぎる。そんなリオにティファが助け舟を出すように手を叩いた。
「まぁきっと今色々説明しても分かんないわよね。ちょっとづつ私が教えていくから安心して?大丈夫、私にも出来るんだからリオにも出来るわよ。」
そう言いリオの肩をポンッと叩いた。
「そうですね、これから身の回りのことやMEGAMIについてのことは全てティファが教えてくれますから安心してください。私はあまりお会いできる機会がないかもしれませんが、全力でサポート出来るように準備を整えておきますね。」
二人は何も分からないリオによくしてくれるだろう。
しかしリオには一つどうしても聞かなければいけないことがあった。
「あの、・・・私は現世界に戻ることは出来るんですか。」
この質問に残りの二人は顔を見合わせた。
「・・・残念ながら、リオさんは現世界ではもう亡くなっている存在です。ですからあちらの世界に戻られても存在自体がないのです。」
やはりリオの考えた通りだった。なんとなく想像していたがいざ現実を突きつけられるとやはり辛いものがある。頭を鈍器で殴られたような鈍い衝撃だ。それはいつの間にかリオの心を支配していき深い痛みに変わっていった。
大した後悔はなかったが、せめて最後に両親にありがとう位は言っておきたかった。両親は私が死んで泣いたのだろうか。最後に親孝行したのはいつだっただろうか。何かしてあげられたのだろうか。
リオの頭の中にふと色々なことが走馬灯のように蘇る。両親や兄弟や友達のことを思い出すと知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。
その様子を見てノアが静かに話しだした。
「いきなりのことで本当に申し訳ありません。でもリオさん、あなたは特別なんです。」
「特別・・・?」
「はい、元々MEGAMIはここ中央界で生まれ成長します。人間からMEGAMIになることはまずありえません。もちろんMEGAMIから人間になることも。しかしリオさんは現世界に存在していました。これはまだ調査の段階ですが、私たちはきっと何かの手違いが起きてリオさんが現世界に流されてしまったのではないかと仮説しています。ですからここはリオさんにとって故郷なんですよ。」
リオはノアの言葉を今いちよく理解していなかった。精一杯言われた言葉を思い出してみる。
(私は人間ではない?)
リオはそんなこと一度たりとも疑ったことはなかった。確かに両親には似てないと言われてきたが、そんな家族五万といる。大して気にはしていなかった。
「私は本当にMEGAMIなんですか。何かの間違いじゃ?」
その可能性も十分考えられる。なんせ間違えて人間になるほどだ。しかしリオの考えはすぐに否定された。
「リオさんは立派なMEGAMIです。間違いなんかじゃありません。MEGAMIは人間と違いさまざまな能力を持ちます。例えばそうですね・・・まず分かりやすいところで言うと空中を浮遊することが出来ます。鳥類と違い翼で飛ぶわけではありませんけど。なんていうのでしょう・・・。百聞は一見にしかずですわ。ティファ、ちょっと浮遊してみて下さい。」
ノアはおもむろにそう言った。
「室内ですがよろしいのですか?」
そう言うティファにノアは「特別に許可します」と言った。そうすると見る見るうちにティファが天井近くまで浮き上がった。
「うそ・・・。」
リオは言葉を失った。これこそ本当にマジックか超能力かファンタジーだった。現実主義者であるゆえに口を開けたまま閉じることを忘れていた。そしてあるはずもないマジックのタネを探していた。
「これは自分の気を集中させて浮遊することが出来るMEGAMIの特権のようなものです。本来は限られた室内の中か現世界に行った時のみ許可されるのですが、今回は特別です。きっとすぐリオさんにも出来るようになりますよ。」
そう言い何やらノアは時計を見て、しまったという顔つきになった。
「一気にたくさんのことを説明してしまってごめんなさい。詳しいことはティファに伺ってくださいね。すいませんが私は次の予定に行かなければなりませんのでこれで失礼いたします。リオさん、これからよろしくお願いいたしますね。」
そう言いリオの手を取りにこやかに微笑んだ。ノアが足早に部屋を後にし残された二人はしばらく沈黙の中にいた。
窓からは薄い木漏れ日が差し込み、二人をやさしく照らしている。このような陽気を小春日和というのだろうか。そんな他愛もないことがリオの頭をよぎる。
考えることが多いときほどどうでもいいことを考えてしまうものだ。
先に口を開いたのはティファだった。
「まっそういうことだからさ、新しい世界で大変かもしれないけどこれからよろしくね。私に出来ることだったら何でもするからさ。って何でもは言いすぎか。」
ティファはあははと笑った。自分の知らない世界のことが一気に頭の中に入ってきて、正直リオの脳みそはパンク寸前だった。
しかし死んでも誰かに必要とされているのは、そんなに悪い気分ではない。きっとこれからもっと大変なことが起きるのだろうが・・・今はそのことを考えられるだけの頭の容量は残っていなかった。
リオは背を向け伸びをしているティファに頭を下げた。
「ティファさん、これからよろしくお願いします。」
今リオに言えることはただただそれだけだった。
「うん、よろしくぅ。」
先輩は親指を立ててそう言った。




