プロローグ
ー MEGAMIー
そこは真っ白だった。
今自分が目を開けているのかさえ分からない。すぐに頭は働かず、何も考えられなかった。ただこの白が体に入って全て飲み込んでいきそうで、息さえ吸うことが恐ろしい。
自分自身に落ち着けと暗示をかけ、そっと深呼吸をしゆっくりと白を飲み込んでみる。すると驚くほど空気は澄んでいた。
「私・・・死んだのかな。」
言葉を口に出さなければ自分が存在していることを忘れそうだった。それと同時に言葉を発せれたことに安心する。
死ということはこういうことなのだろうか。なにもない世界、何もない場所にい続けること。死ということを理解し始めると突然色々な後悔の念に苛まれた。
(まだやり残したことならたくさんある)
そうは思ってみたものの、いざ考えるとそんなものは皆無に等しかった。家族は悲しむだろうが、うちは兄弟が五人と多いから一人っ子に比べたら寂しさは少ないだろうし、恋人はいない。友人だって要は他人だ。その時は悲しんでくれるだろうが一週間もたてば誰が誰と付き合ってるだの、芸能人の誰がかっこいいだのといったゴシップに負けてしまうだろう。
案外人一人死んでしまっても周りには響かないのかもしれない。そう思ったら少し気持ちが落ち着いた。そしてそんなことを考えている自分が嫌になった。
「あら、それはちょっと違うわね。」
声のした方を振り向くと、そこには端正な顔立ちの美女が立っていた。
そう安々と美女なんて言葉を口にしないが、今はおそらく美女という表現は正しいだろう。腰まである真っ赤な髪に大きな瞳、肌は透き通るほど白い。年は20代後半だろうか。
人が現れたことで距離感が掴めた。ここは平面の世界ではなかったのだ。
「あの・・・」
彼女に話しかけようとした途端、言葉を遮られた。
「うんうん、言いたいことは大体分かるわ。でもひとまず自己紹介させてちょうだい。私の名前はティファ、よろしくね。あなたはえーっと。」
ティファは手に持っている書類に視線を落とした。
「名前はリオ・クロディオール。十九歳、趣味はジャズピアノ、特技はフェンシング。わぉ、有名な大会を連覇してるのね。友人関係は良好、恋人はなしっと。苦手なものはピクルスと雷、それと・・・」
「あの、そのくらいで結構です。」
自分のことをつらつらと述べられるのはいい気がしなかった。相手ばかりが自分のことを知っていて、自分は相手の情報がない。この状況は身の危険を感じざるを得ない。
リオがそう遮るとティファは持っていた資料を畳んで微笑み言葉を続けた。
「失礼、気に障ったかしら。でもこれからは一緒にやってく訳だし仲良くしなきゃ。そうでないと私が怒られちゃうしねぇ。」
この人は何を言っているのだろうか。一緒にやっていく?第二の人生を彼女と生きるということだろうか。それとも私は死んでいないのか。さまざまな疑問がリオの頭の中を支配していく。
「これからって・・・。ここはどこなんですか?なんで私はこんなとこにいるんですか?あなたは何者なんですか?私は・・・」
「ストーップ。」
ティファが人差し指をリオの口元に当てる。
「それは悪いけど私はそれを説明出来る立場じゃないの。私はあなたを迎えに来ただけ。ただ今言えるのは・・・」
「・・・言えるのは?」
リオはティファの目を見つめた。彼女の瞳は綺麗な漆黒色をしている。ずっと見つめていたら吸い込まれてしまいそうだ。
「よろしくねってことよ。」
万遍の笑みでリオに笑いかけた。少なくとも敵意や悪意の感じられる笑みではなかった。そんなことでは少しも納得など出来なかったか、ここで争いを起こすつもりもない。不安なことは山ほどあるがしばらく彼女と行動を共にしなければいけないことは明白である。少なくとも今この現状をリオよりも知っている彼女に付いていくしか選択肢がなかった。
「あら、素直ね。良かった。」
「別に、あなたが好きで付いていくわけじゃありません。こんな所に一人でいても仕方ないですから。」
ティファは「あら残念」と言って先を歩いた。
リオも彼女を見失わないように急いで歩き、なんとかこの白い世界から脱出した。




