第六十二話 自己愛
「え……」
信じられない。
これは現実なのだろうか。
扉の向こうには仁王立ちをしている者──ルロがいるなんて。
なん、で……。
呼んでもいないのに。来てほしいなんて願ってもいないのに。
「どうして来てくれたの……」
「バカ。そんな状況でごちゃごちゃ考えるんじゃないわよ。ま、一応言っておくけどしかたなく来てあげたの。おわかり?」
ルロお得意の高圧的な態度も今は安心できる。
僕は素直にうなずいた。
「はぁ。あんたが口ごたえしないだなんて、そうとうピンチだったのね」
「そ、そうなんだよ。すごく……怖、くて……」
さっきまでの焦燥感もいつのまにか消え、とても温かいもので胸が満たされる。
そのせいかたまっていた涙がひとつ、ふたつと流れ落ちる。
でも、泣くのをやめようとは思わなかった。
それは、なんだかんだ僕を受け止めてくれるルロへの甘えだ。
「あー、泣いちゃって。こんなとこ他人に見せるんじゃないわよ。まったく。ミランスに見られたらどうするのよ」
ミランス……!
その名詞を聞いたとき、僕の心臓が跳び跳ねた。
涙もピタッととまった。
「……ミランスは僕のことわかってくれないんだ」
「は?」
意味わかんない、とルロは眉間にシワを寄せる。
しかし目の前の情景より、僕はミランスと言いあったあの光景がはなれない。
「ちょっ、あんたなに言ってんの? 心が広すぎるミランスがあんたを理解しないわけないでしょ」
ルロの言葉に僕は首を横に振った。
「いや、ミランスに『レンさんが一人で好きなことしてよ』って突き放された」
「はぁ!? なにそれ、マジあり得ない。虚偽記憶じゃないの?」
「いや?」
僕はルロの意見を肯定しない。
──だってホントに、僕が傷ついた。
それがなによりの証拠だ。
「……はぁ。あたしもこんなふうに言ってるけど、ミランスと言い合いしてんの聞こえてたわよ」
「え?」
「あんだけ大声あげてたら聞こえるわよ」
……なにが言いたいんだ?
「知ったかぶりよ。あんたが罪悪感がホントにないのか試してみたのよ」
罪悪感?
どういうこと?
さっきからルロの言ってることがまったくわかんない。
「その間抜けずらやめなさい。一から説明してあげるんだから」
「う、うん……」
僕がうなずくと、ルロはひとつため息をついた。
「……あんた、ホントにミランスのこと想ってる?」
「は?」
ルロの軽蔑した眼差しに、全身がカチンと凍る。
ルロは僕をバカにしている様子はない。ただひたすら僕に向き合おうとしてくれている。
しかし、
「どういうこと? 僕はミランスが傷ついてほしくないから、言ってるんだよ」
僕のまっすぐで純然たる思いは、ルロにまで伝わってないのだろうか。
なんでわかってくれないの。
胸がモヤモヤして気持ちが悪い。
「僕はミランスを愛しているんだ」
僕の告白にルロは「はっ」と鼻で笑った。
「ミランスはあんたと冒険したいんだって。好きなコがあんたと一緒にいたいとか、喜んだ方いいんじゃない? それをあんたは拒むの?」
ルロは僕をおもちゃを見るような目で眺めている。
次に僕がなんて言うのかをすごくワクワクしているようだ。
「それが愛だよ。自己犠牲をしてまで愛する人を守る」
「ふーん?」
ルロはしばらく口を閉じた。
僕の正論になにも言うことがなくなったのだろうか。
ちょっと内心ガッツポーズ。
「悪いけど」
ルロを見上げた。
彼女の表情は完全に『呆れ』だ。
「あんた、それミランスへの愛じゃなくて自己愛よ」
冷淡に、軽蔑的に、嘲笑するように、蔑んだ瞳で僕を見下ろした。
いつものつり目で怒鳴られるよりよっぽど怖い。
背中がゾクゾクした。
「中二病は終わりよ。青二才」
まるで決めゼリフかのように嗤った。
「あんたこれが初恋なんでしょ? それでよく愛愛愛愛言えるわね。あたしには全部『哀』に聞こえるわよ」
また滑稽だと笑う。
僕の純粋な気持ちもルロにねじ曲げられてしまう。
「はぁ。あのさ、あんた愛をよくわかってからそういうセリフを吐いてよね?」
「わかってるよ」
即答した僕にルロは驚いたような顔をした。
「相手を好きだなーって思う感情でいっぱいになって、相手の幸せを一番に考えることでしょ。それが自己犠牲だとしても」
「バカ」
ルロは面白そうに笑う。
え!? なんで? 僕真面目に答えたよね?
「好きと愛はどう違うか答えてよ」
沈黙だ。
それには答えられない。だって考えたことなかったから。
「愛をなにかもよくわからずに語っちゃって、なんか正義にでもなったつもり?」
どこまでもルロは僕を軽蔑してくる。
でもなんか言い返せない。図星をさされたような気もしたんだ。
「あーぁ、あんたあれじゃない? 『ミランスのために頑張ってる僕』に酔ってるんじゃない?」
「は?」
「まず大前提として、好きは感情、愛は意思だから」
愛は、意思……?
「あたしはこの人を愛すると決めます、それが愛よ。愛はするものだから愛するの」
ルロの凛とした声が洞窟にエコーする。
それは僕の心を震わせるようにだ。
「愛はその人を幸せにしたいって決める。だってその人の幸せが自分の幸せだもの。だからホントに愛をわかってる人は『自己犠牲』なんて言葉はでてこないはずよ」
ルロはいたって真面目だ。
愛を軽々しく話したくないようだ。
「信頼していなきゃ愛せないのよ。だってそうでしょ? よくわかんない、信じられないやつを愛そうと思う? 違うでしょ」
僕は黙ってうなずいた。
「で、あんたはミランスを信頼してる?」
「そりゃもちろん──」
そうだよ、と言おうとして言葉が引っ込んだ。
ホントに僕はミランスを信じていただろうか。
信じていなかったから、ぬいぐるみたちにやられるんじゃないかと過度に心配してたのではないだろうか。
もしミランスを信じていたら、ミランスはきっとやられない、大丈夫だと思えたかもしれない。
「なんにも言えないのね」
ルロはもう嗤うのをやめた。
それは僕が気づいたことに気づいた証しだ。
「どう? 信頼してた?」
フルフル。
首は横に振らなければいけない。
甘い。考えが甘い。未熟だ。
「それに、この機に言わせてもらうけど、あんた自分が無能なことを心のどこかで美徳だと思ってない?」
えっ。
「自分が陰キャなのをどこかで自惚れてない? 陰キャだってことは悪いこと。それを認めてる自分は謙虚だって思ってるんじゃない?」
ドキッ
核心をつかれた気がした。
……確かに、その通りかもしれない。
陽キャじゃないことを認めて謙遜してる自分はカッコいいって思ってた。
……ホントは僕、陽キャになりたいんじゃ?
すっぱいブドウ理論かな。
いや、でもそれはまだわかんない。
「カッコ悪いわよ。短所を長所だと思い込んでるの」
ルロは最後に釘を刺した。
その一言で僕の心がボロボロと崩れた。
崩壊した。千葉連は消えた。
正論を話しているのはどっちだろうか。
圧倒的ルロだ。
だから僕は更新された。
これからを歩むレンが生まれたのだ。
Newレンだ。
僕がしなくてはならないことは、なんだ?
一人でこの先進めるのか? いや違う。
──わかってるくせに。
「僕、ミランスに謝らなくちゃ」
よくわかんないことを言って並べて、ミランスを困らせて、自己満で終わらせようとしたんだ。
最低だ。最悪だ。
「わかってるなら早く行きなさい」
ルロは扉を開けてくれた。
「ありがと」
感謝だ。
ルロには感謝でしかない。
よかった。こうやって素直に僕の悪いとこを教えてくれる人がいてよかった。
ルロへの感謝を握りしめ、Newレンはミランスのいるだろう場所に向かった。
いやー、ずばっと言ってくれる人好きですねー。
ルロちゃんに怒られたい今日この頃。
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