真心を込めた歌声
「鳴いている?、すると、あの兎ですね。やっと楽しみにしていた、出会った時の鳴き声が聞こえて来るんですね。」
「ああ、そうだよ。でも今度は違うよ。」
「違うんですか?、あの鳴き声じゃなく?」
「違うよ、ほら・・・ふふふ、歌っている、あの兎君は、歌っているんだよ。」
# キュ・・・キュ・・・~ン・・・
二人は、急いで兎の居る部屋に向かったのです。
「へえ、へえ、本当ですね、良く聞こえるようになりました。」
側面にアラベスク紋様であしらわれた白いアーチ型天井には、所々に明り取りの天窓があります。そこから日の光が入り込んで邸宅内とは思えないほど明るいのです。大理石の廊下の中央には、色華やかなペルシャ絨毯が敷かれて、車椅子が進んで行きます。
# キュンキュン、キューン、キューン
入口のドアの前で立ち止まりました。介護人は、掠れた小声で幸四郎の耳の傍で話し掛けます。
「ふんふん、確かに抑揚が付いていて、伸びやかで・・・本当だ、歌っているようですね。うちの犬、クロちゃんも、ラジオの音楽に合わせてこんな風に遠吠えするんですよ。」
「あれ、吉野の飼っている犬って、真っ白じゃなかったの。」
「名前がクロムウェルなんです。」
「ププ、立派な名前だね。」
# キューン、キュン、キューン、キューン
「本当に愛らしい歌声だ。ナキウサギは、皆、こんなに鳴くことができるんですかね?」
「どうだろうね?、この兎君が生まれ育った処に行けたなら、他の兎の歌声も聴けるのかな。そうだったら、感動的だよね。」
「ええ、大自然が育んだ合唱隊、ウイーン少年合唱団も真っ青ですね。」
「そうだね、そうだね、ナキウサギ合唱団だよね。きっと、どんな星の生き物の声も敵わないと思うよ。」
「アハハ、宇宙一ですか、世界一より遥かに壮大ですね。」
すると突然、兎の歌声が止まりました。
「あれ、歌うの止めちゃったね。」
「すみません、チョット声を大きくしちゃいました。兎君に気付かれたみたいです。」
「じゃあ、中に入ろうか。今日は、素晴らしい声を聴かせてもらった。だから、お礼にとびきり美味しいものを出さないといけないね。」
「そうですね。お礼に相応しい美味しい物を獣医さんに聞いておきますよ。」
人間は、自分に都合が良いように考えがちです。言うまでもなく、この鳴き声は人間達を喜ばせるためのものではないのです。兎は、あの作曲家のように心から感じる故郷への想いを声にしていたのです。決して愛想を振るようなことではないのです。しかしこの真心を込めた歌声は、胸を打つほど感慨深いものであったことは確かなのです。それが、思わぬ方向に運命を動かします。




