聞こえてこないかい?
それから、2日後のことです。
「何か、鳴き声がするよ。聞こえてこないかい?」
「坊ちゃん、そうですか?、鳥のさえずりではないですよね、私には聞えませんが。」
そこには広い広い緑の芝生で敷き詰められたお庭があります。その中央にバラの垣根で囲まれた池があり、噴水が飛沫をあげていました。その奥に、西洋貴族の館の様な邸宅が建っています。災害で崩壊してしまった町の近くとは思えない優美なお屋敷です。
「聞こえないかい、とっても可愛らしい、聴いてると何だか此処がいつもの庭の中だと思えなくなるよ。」
男の子は、座っている車いすのハンドリムを押し始めます。
「幸四郎坊ちゃん、ち、ちょっと待って。」
介護人も耳を澄ましてみます。
# チチ チチ ピピ ピピ・・・
街の雑踏から切り隔てられた庭園は、何処か著名なお寺の中庭を訪れた時の様に、うららかな静けさを保っているのです。あらゆる騒音に囲まれた都会で、ひそやかな生活を手に入れていることほど贅沢なものはないでしょう。
# チチ ピキ チチ キキ キューン
「あれ?、何か鳥とは違う鳴き声がするような。此処にでは聞いたことが無いですね、何でしょうね?」
# ピキ ピキ キキ キューン
「そうだろ、僕も初めてだよ。可愛らしい、美しい鳴き声だよ。」
男の子は、その声のする方へあたりをつけたのか、再び車椅子を向けようとします。
「あ、坊ちゃん、私が押しますから、聞こえる方へ誘導して下さい。」
長閑な午後のひと時。ほのぼのとした暖かさで時間はゆっくりと流れている様です。良く手入れされた芝生は芽吹き、黄緑に色付き、これから更に深くなっていくのでしょう。
「さすが幸四郎坊ちゃん、言われなければ、私には気が付かないですよ。」
「僕は、目が良く見えないだけあって、代わりに周りの音が何でも耳に留まるんだよ。こんなに心地が良い鳴き声は初めて聴いたよ。まるで、前にテレビで聞いた、森林でこだまするカッコウの声を聞いているようだよ。この先に何か見えないかい?、良く聞こえるようになってきたよ。」
# ピキ ピキ キキ キューン
「本当だ、坊ちゃん、私の耳にも確かに分かるようになりましたよ。言われるように可愛いらしい鳴き声です。」
# ピキ ピキ キキ キキ
それは、この広い庭の奥の奥。屋敷から遠く離れた所にあるタブノキの植樹林の中から聞こえて来ます。
「坊ちゃん、此処で待ってて下さい。此処から先へは、車椅子では進めません。」
「庭の中なのに行けない所があるんだ。」
「そうですね。もう大分暖かくなってきましたので、坊ちゃんに危害を加える虫や毒のある草がいるかもしれません、私が様子を見てきますので。」




