雨はまだ、止んではいない
「こんなもんで良いだろう。いいか、これが金の入った財布、それとババアの病院への行き方を書いておいた。またこの巾着に入れておくからな。」
春男は、リュックと巾着を、ホコリも積もった汚れだらけの丸テーブルの上に置きました。
「ババアがいつ回復するか分からねえが、それまではお前がこの家を守っていくんだ、頑張れよ。」
# ポッ ポッ ポト・・・
雨の降り具合は、幾分弱くなったのでしょうか。一時は絶え間なく続いていた雨漏りの音が、大分調子が遅くなりました。
「兄ちゃんが居ないと、どうして良いか分からないよ。母ちゃんの病院に行くことが出来るかも分からないし、この家を守るなんて出来ないよ。コイツの世話するのも出来っこないよ。」
「馬鹿野郎!、分からない、出来ないって、それが当たり前のように言うな!、いつも誰かがやってくれるんだろうってあてにしているから、こういう時に何も出来なくなるんじゃね~か。自分の世話も出来ない奴は、死ぬしかねえんだよ。働かざる者は食うべからずっていうだろ、男なら、歯を食いしばってやれってえの。そのネズミの世話ができなけりゃ棄てて来い。」
「そんなあ、辛いよ、大変だよ、にいちゃん。」
「なにが、にいちゃんだ!、もう今から兄ちゃんって言うな!。だいたいよ、お前とは血は繋がってねえし、ある日勝手に俺の家に来て、何食わぬ顔で住んでいたんじゃねえかよ。迷惑なお前達が来て、運が変わっちまったんだ。俺が独り立ちするまでお前のお袋が飯を作っていた。俺の家に住まわせてやっていたから当然だがな。まあその時は世話になっていると思っていたんだよ。ところが、お前たちは死んだ親父の財産を食い潰してしまいやがって、もう十分やってやった、これからお前等とは関わり合いたくねえからな。」
「そんなこと、よく知らないよお。」
関わり合いとは、どこで決まるのでしょうか。親子でなければ、兄弟でなければ、いいえ友人、仲間、広げれば同じ生き物同士であることでも良いのではないでしょうか?
雨は、音をたてなくなりました。春男は玄関先に立ち、最後の別れを言います。
「それじゃあな、頑張れよ。これは俺の傘だったな、持って行くからな。」
「兄ちゃん、本当に行っちゃうのかよ。」
霧状に雨はまだ降っているようです。春男は傘を開きました。1つ骨が折れているからか、へこんでいます。
“兄ちゃん、ヒック、行かないでくれよ、ヒック、兄ちゃん。”
涙声で止めようとしますが、春男は、全く気にしていないように先へ足を進めて歩いて行きます。
“行かないでくれよ。”
やがて春男の後ろ姿は、霧雨の降る霞んだ夜の闇に紛れ込んでしまいます。
“ヒック、ヒック、・・・に・い・ちゃん。”
雨はまだ、止んではいないのです。




