行ってしまう、どうしよう
# ワサワサ、ガヤガヤ・・・
するとやがて、担架の持ち手を担いで、隊員達が屋内から出て来ました。
“そっと行きますよ。””大丈夫ですよ、これから病院に行きますからね。””何か言いたいですか。”
中添えをしている隊長が、母親の顔に耳を近付けています。
“何ですか?ま・さ・・お?、誰かの名前ですか?、ご主人のことですか?、正男さんがどうかしたんですか?”
その声は太くはっきりと、ハツラツとして周りによく聞こえています。すると、誰かが遠目から眺めている正男に気付きました。
“あんた、あの人の子供だろ!、これから病院に運ばれるんだよ。付き添わないといけないよ。ほら、救急の人に言わないと駄目だよ。”
“ぼ、ぼくは、僕は・・・”
すっかり気が動転して、名乗り出て行く勇気が無いのです。それでも、執拗に煽り立てられます。
“アンタのお母さんが大変なのが見えてるだろ、どうして行ってやらないんだい。親孝行しようと思わないのかい?”
人は、自分に責を問われないものには妙に気がまわり、ちょっかいを出そうとするのは何故なのでしょう。よく言う、自分のことは棚に置いてなのです。
母親は毛布に包まれていて、苦しんでいる様子は分かりませんが、隊員達の急いでいる雰囲気から緊急な事態となっているのは明らかです。車輌後部入り口から担架を乗り入れる作業が行われています。ストレッチする脚の付いた台車に担架ごと静かに乗せられると、するすると脚をリフトアップさせます。そして、手際良く車内に滑り込ませ格納するのです。
# ドン
瞬く間に作業が終わり、上がっている後部ドアが降ろされました。
“作業完了しました!”
“患者は今のところ、先程の激しい苦しみは見受けられなくなり落ち着いています。”
“よし、受け入れ先が未だ決まっていないが、搬送中に見つかるだろう。出発しよう!”
運転席に、隊員が乗り込むやいなや、緊急走行時の回転灯が昼間でもまばゆくキラキラとまわり始めます。
『母ちゃん、母ちゃんが行ってしまう、どうしよう。』
“ほら、アンタ、行ってしまうよ!、今のお母さんが病院の手続きとか出来る訳無いだろ。付き添いが居ないと大変だよ、ほら、ほら。”
正男は背中を押されています。でもやはり、自分に何か分らないことをすることになるという不安が、救急車に向かって声を出すのを躊躇わせるのです。そして隊長が助手席のドアに手をかけました。
突然、誰かが大きな声でこう叫んだのです。
“チョット、待ってくれる!”“待って!待って!”“この男は、その人の子供だよ!一緒に連れて行ってくれない!”




