人間の家は、全然良くない
「だって、母ちゃんにこいつの可愛いところを見せたいんだよ、ほら、ほら。」
正男は、更にゲージを叩くように揺らします。
# ガシャガシャ ガシャガシャ
「いいよ、いいよ、嫌がっているよ。ネズミはそんな気分じゃないんだよ。だから今、無理に鳴かせなくっても私は十分満足だよ、もう止めなさい。」
「そうかぁ?」
流石に、母親に少し強く言い咎められたのか、仕方なく正男は突くのを止めて、しょぼくれてしまいます。
「キュン、キュン、って可愛く鳴くんだよ、本当だよ。」
「ああ、お前の気持ちは分かってるから、そんなにメソメソするんじゃないよ、お前は良い子だよ。」
「母ちゃん、本当に?」
「本当だよ。」
家の中がごったがえしている様は、兎にとっては気になるところではありませんが、腐った食べ物や洗濯していない衣類からの様々な臭いが家中に漂っているのです。それに妙に湿気があり、息苦しささえ感じます。
『此処も、変な臭いがするし、ちょっと暑苦しいな。人間の家は、全然良くないよ。ネズミさんは憧れていたけど、飼ってもらわなくて良かったんだよ。』
兎は、フンフンと匂いを嗅ぎながら、ハムスターから教わった人間のことをもう一度思い起こしました。
『それにこの人間は、乱暴だよ。急にカゴを揺らすし、僕の扱い方を知らないんだな。多分、餌もくれないかも知れないな。ネズミさんが教えてくれたように、ここは愛想を振りまかないといけないぞ。』
そうして、兎は自分がまるでハムスターになったような気分で、お腹に力を入れて切なく鳴いてみました。
“ピキ、キュンキュン ピキピキ キキューン ”
兎の鳴き声が、鳴り響きました。何せ広大な山の麓で鍛えられたのですから、狭い部屋など大したことありません。
“あらあら、鳴いたね、本当に、愛らしい鳴き声だね。”
“キュンキュン キキ キュン“
“鳴いた、鳴いた、ほら、俺の言った通りだろう。”
この家に住んでいるのは、この親子だけのようです。母親は頭髪は真っ白で、もう老人と言ってもおかしくない容姿で、手足がおぼつかない為か、殆ど家に居ます。子である正男はというと、日常仕事をしているようではなく、気が向けばぶらぶらと外に出て行き、日が暮れる頃に何と無く帰って来ます。こんな様子ですから、衣服も着替える様子も無く、当然袖口や首周りが真っ黒に汚れているのです。
ある時、家の前に1台の黒い車が停まりました。
# ガチャン ドン
車から白いセルロイドのサングラスをかけ、アロハシャツを着た小太りの中年の男が出て来ました。




