何処かに居ますよね
「ええ、今はすっかりハイテクの世の中になった。私の若い頃は、総てが手作業でしたよ。それから電化の潮流とともに色んな新しい物が出て来て、もう感覚が追い付いていかないですよ。多分便利になったのかも知れないが、それが無くても暮らしていける。私にとっては、わずらわしいものに縛られていかなければならなくなったのが辛いですな。掲示板でやってくれた方が分かりやすいんですよ。」
「そうなんですか。」
多分、現代のテクノロジーを使いこなす生活に慣れたこの若い職員には、おじいさんの言ったことが本当の意味では理解出来ていないでしょう。
幸せな暮らしとは、どういうことでしょうか。人は生まれて成長し、ある時点で老いが始まり、そして死ぬのです。それにひきかえ世の中は、際限なく新たに様変わりし、しかも速くなって行く。若い貴方もいつかは歳老いて、昔が良かったと考えるようになることでしょう。
「それじゃあお姉ちゃん、また来るからね。モグちゃん、元気でいるんだよ。」
「モグちゃんって、この子のことかい?」
「うん、おじいちゃん、もぐもぐ食べるからモグちゃんよ。」
「そうかぁ、もぐもぐ食べるようにね。それじゃあ、この子の名前は、モグちゃんにしましょう。」
「本当に?」
「ええ、愛美ちゃんが来てくれたお陰で、もぐもぐ食べるようになったでしょう。」
「良いんですか?勝手に呼んだ名前ですよ。」
「ええ、名前があった方が、愛着が増しますからね。モグちゃん、可愛い、分かりやすい名前です。」
こうして子兎は、避難所での新しい生活が始まりました。元気になって来ると、周りの様子にも気を配ることが出来るようになります。自分の居るところが今までと全く違うのです。
『此処は、人間が一日中ウヨウヨいるんだな。人間でも大きいや小さいのがいて、引っ切りなしに僕の前を通り過ぎて行くよ。』
離れ離れになった人々。家族や友人の情報が入っていないか、また、自分が今何処に居るかを伝えるため、次々と此処に念いを寄せて集まって来ます。掲示板には、重なるようにびっしりと伝言の紙が貼られています。その殆どが手書きのもので、それぞれ癖のある字でですが、懸命に気持ちを表現した言葉が綴られてあります。それは今、自分がこの世界に存在していることを如実に語りかけて来るのです。
~私は此処に居ます、あなたも無事に何処かに居ますよね~
お互いが何事も無く、健やかであることを確かめようとする心の繋がりがあるのです。
「そうですか、愛美ちゃんの父親と母さん兎は、災害時は勤めに出ていらっしゃったんですね。」
「この子も来年は幼稚園に通う歳になります。それまで私の所で預かっているんですがね。今のところ、残念ながら未だ2人から何か連絡があったかの情報が無いんですよ。」
女の子はいつもの通り、子兎のゲージにかじりついています。
‟モグちゃん、すっかり元気になったねえ。おじいちゃんが作ってくれたご飯は美味しいよね。私のママのご飯も、とっても美味しいんだよ。いつもパパは、オイシイオイシイって食べてるのよ。“




