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悲しい夜

 すると、子兎の声に気付いてくれたようです。

「あ、ああ、アタイ・・大丈夫、だよ。それより人間の部屋は楽しいんだよね?、教えておくれ。」

今まで言われたことがない、それは筋道の通らない言葉なのです。子兎は不思議になりました。

『どうしたの、君が今まで教えてくれたんだよ。人間の世界は、それはそれは幸せな所なんだって。』

「そう、幸せな所だって、・・母ちゃん・・母ちゃんが教えてくてたんだ。」

「えっ、お母さん?」

「アタイは、此処で生まれてずっと暮らして来たんだ。母ちゃんがいつも・・こう言ってくれた。“お前は今まで産んだ子の中で、一番可愛いよ。だから、絶対人間に飼ってもらえるよ。だけどね、人間には金持ちとそうでないのといるからね、これからどうやって見分けるか教えるからね”って。」

 ハムスターのこれまでの言葉とは、母親から受けた教えそのものであり、親しくなった子兎にも伝えようとしていたのです。

『そうかぁ、それであの黒服の男が来た時、あんなに一生懸命だったんだ。』

 ハムスターは、呟き続けます。

“・・だけど、人間というものは気まぐれなんだね。可愛いからといって選んでくれるとは限らないことが分かったよ。”

 子兎は、こんなに元気が無くなっているハムスターをどうやって励まそうか、気持ちはあるのですが、言葉を悩んでしまいました。

『本当は、知っていることは体験じゃなく、憧れだったんだ。ネズミさんは、お母さんから教えられたことを繰り返して覚えていたんだ。そしていつか人間に飼われること、人間の家は、亡くなったお母さんと一緒にいた思い出なんだ。』

「ネズミさん、ネズミさん。」

「ん・・ああ、アンタかい、それで、どうだった?、人間の家は良かったかい?」

「うん、涼しくてね、まるで僕が居た山の麓のように気持ち良かったよ。食べ物もいっぱいくれて、走り回れるくらいの大きな飼育箱だったよ。」

「そうかぁ、そうかぁ、やっぱり母ちゃんの言うとおりだったんだね、そうかぁそうかぁ、母ちゃんの言うとおり・・・。」

 弱っているハムスターを元気付けようと、ばれないように自分なりに想像して、嘘をついたのです。

「でもね、店に来たばかりの僕じゃあ、あんな立派な所はどうして良いか分からないよ。良く知っている君の方が飼ってもらうべきだよ。」

「いや、アタイも・・嫌だよ、そんな所に・・独りで行くのは。」

 あれほど人間の家と言っていたにハムスターから、そんなあべこべの言葉が出て来ました。子兎は、思ってもいなかったのでどういうことか聞き返してしまいました。

「どうして?、君のずっと行きたがってた所だよ。」

「そ、それは、そうさ・・・だ、だけどね、ひ、独りじゃ、嫌だ、淋しいんだよ。い、いくら夢の様な所でも、ひ、独りは、嫌なんだよ・・・わ、分かるだろ?」

 言葉の意味が良く分かりました。此処に居れば、いつかは誰かと話したり、気持ちを聞いてあげることが出来る。そこに子兎が現れたのです。強がっていたのは、淋しい気持ちを紛らわそうとしていたからでしょう。仲良しの心地良さは、孤独な心を解放させたのです。遠い幼き日、母と暮らしていた、誰かと共に暮らす温かさがよみがえりました。子兎も、何故此処に戻って来たのかが分かったような気がします。

「も、もう何処にも行かないで、・・い、良いよ。行、かないだろ?」

 もう、ハムスターは、言葉が切れ切れで、子兎に聞き取れなくなっています。

「・・ア、アンタは、・・・こ、此処に、居れば・・・」

「もう、いいよ。ネズミさん、もう、喋らないで。僕は、此処に居るよ。君が元気になるまで、言う通り居るから、もう喋らないで。」

「ア、アンタは、・・・ほ、ほんと、良い奴・・・」

そこまでで、ハムスターは口をつぐみました。

# キキ ククク・・・

 微かにですが、まだ、何処からか哀しく泣き続ける鳴き声が聞こえています。非常灯の明かりは、まだ点いていますが、いつかは夜の闇に喰われてしまうかもしれない。いや、いっそそうなった方が子兎には良かったかもしれません。ハムスターとの別れを見ていなくても良いからです。子兎は、また喋ってくれるかもしれないとじっと様子を見守っていました。

 心が詰まりそうな、とても、それはとても切なすぎて。

『ネズミさん、僕はずっと此処に居るよ、だから淋しがらないで。』

 悲しい夜。

 大切なものを失うことを知りました。


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