得意技
「何者って、山に住んでいる兎だけど。どうして僕を買おうとするのかな。君より全然可愛くないのにね。」
店員と黒スーツの紳士は、商談を終えると握手を交わしています。
「いやあ助かりました。この兎は元々依頼のあった買い主が、都合が悪くなり違約金を払って手を引いてしまったんです。取り敢えず普通に売り場に出して置いていたんです。何せ、此処まで連れて来るのに相当の費用がかかっていますからね、簡単に手放すことも出来ず中途に浮いてしまっていたんですよ。そのお嬢様の気が向かなかったらと思うと、拾う神ありです。」
「横のハムスターと違って、こんな可愛いげのない普通のネズミのような姿だからな。お嬢様の動物に対する趣向は、本当に理解しがたいところだよ、あっ、これはつい失言したな。」
商談は成立、店員がレジから所定の売買誓約書を持ってきて、説明し差し出すと、紳士は承諾欄にサインしました。
「それじゃあ、よろしく頼む。」
「毎度ご注文ありがとうございます。」
そうして、その日の夜。
ハムスターは子兎に人間との暮らし方について、最後の熱血授業を行っていました。
「いいかい、アンタは見た目は可愛くない。けど、その見かけによらず優しい性格だから、思いやりの仕草で飼い主の心を掴むんだよ。人間は、期待していないところで思わず受けた悦びに弱いからね。」
「思いやりか・・・人間の心が和むようなことをすれば良いんだよね。」
「そう、アタイの言ってたことよく聞いてたね。日頃からご主人様の様子をよく観察するんだよ。どこで笑ったり、泣いたり、怒ったり、悩んでたりするか、顔付きや仕草、口調で感じ取るんだ。特に、目の様子や動きを見るんだよ。前にも言ったように人間は自分の弱気な所や恥ずかしい所を相手に隠そうとするからね。わざと怒ったり、笑ったりするんだよ。でも、アタイ達と同じ様に目は本当の心を隠せないんだよ。そんな時、アタイがいるからってアピールするんだよ。」
「そうか、目は嘘をつけないんだね・・・分かった、その時はキュン、キュンと鳴いてみるよ。母さんは、その声を凄く褒めてくれたから。」
「鳴き声?、アンタはそれが得意技なんだ。じゃあ、聴かせてみてよ。人間が気に入ってくれるかアタイが診てあげるよ。」
ペットショップ内は、夜だからといって静まり返ってはいません。夜行性の動物もいるからです。実はハムスターもそうです。そうして子兎は目を閉じて、あの山の麓の暮らしを思い出しながら、母兎に呼びかけていたように声を出しました。
“キューン、キューン、キキ、キューン”
それは、とてもいじらしく、とても心をくすぐられる鳴き声、部屋中に響き渡りました。
周りの動物達も動きを止めてしまっています。いえ息さえも止めたでしょうか、それ程魅力的な声の響きなのです。




