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第7話「魔王タケノコを売る!」

翌朝、小屋の中がタケノコだらけだった


昨日掘ってきたタケノコを、丸山が夜のうちに湯がいていた。


大きな鍋で茹でて、米ぬかで灰汁を抜く。その作業を黙々とこなしていた。余は眺めていた。


「詳しいな」

「近所のおばあちゃんに教わりました」


 朝食はタケノコのバター醤油炒めだった。

 冷蔵庫から取り出したバターをフライパンで溶かして、タケノコを炒める。醤油を回しかけると、香ばしい臭いが小屋中に広がった。


 丸山が皿に盛った。余は一口食べた。


 昨日山の上で食べたおにぎりとは違う満足感だった。歯ごたえがある。香りがある。バターと醤油が絡んで、口の中で全部まとまる。


「……これは」

「おいしいでしょ」

「ああ」


 二人で黙って食べた


 食べ終わってから、丸山が言った。

「父親が昔、タケノコを売りに行ってお金にした事があって…」


「売る?」


「はい、夕方の人が多い時間帯に駅前で売ってました」


「ほぉ…」


「お金があればお米も買えるんだけど…」



 余はタケノコの山を見た。丸山もタケノコの山を見た。

 二人の目が合った。


「おもしろそうだから、やってみるか!」


「…はい」


 家の裏にリアカーがあった。


 錆びていたが、まだ使えた。余とリアカーを二人で引っ張り出して、タケノコを山盛りに積んだ。丸山が値段を書いた紙を用意した。タケノコ一本百円と書いてあった。


「安くないか?」

「最初はこのくらいがいいと思います」


 余はリアカーを引いた。重かったが、昨日山で感じたあの力が少し残っている気がした。がたがたと音を立てながら、二人で駅前へ向かった。



 夕方の駅前は人が多かった。


 会社帰りの大人、買い物袋を持った主婦、制服姿の学生たち。人の流れが絶えなかった。余たちはリアカーを端に止めた。


 丸山が恥ずかしそうに小さい声を出した。

「タ、タケノコいかがですか、新鮮なタケノコです」



 誰も振り向かなかった。

「タケノコ、一本百円です」



 人の流れは変わらなかった。丸山の声がより小さくなっていった。


五分経った。十分経った。タケノコは一本も売れなかった。


 丸山がリアカーの端に手をついた。

「……難しいですね」


 余は腕を組んで見ていた。


 人間というのは、なぜ買わないのか。タケノコは新鮮だ。値段も安い。にもかかわらず誰も足を止めない。

 

余は立ち上がった。

「見ておれ」

「え、魔王くん?」


余はリアカーの前に仁王立ちした。

背が高かった。頭一つ分、周りの人間より高かった。黒いマントが夕風に揺れた。


余は声を出さなかった。ただ立っていただけだった。


 最初に気づいたのは、通りがかりの若い女二人だった。

「ちょっと待って、何あれ」


「え、コスプレ? でもめっちゃかっこよくない?」

 


足が止まった。

 

次に気づいたのは、買い物帰りの主婦だった。二度見して、また戻ってきた。

「あの、ファイナルファンタジーですか?」

「……違う」

「そうなんですね。あの、これ何を売ってるんですか」

「タケノコだ」

「まあ、新鮮そう。いくらですか」



 気づけば人だかりができていた。

 余は特に何もしていなかった。ただそこに立っているだけだった。しかし人間というのは、珍しいものに引き寄せられる生き物らしかった。



「一本ください」

「私も」

「三本もらえますか」


 丸山が慌てて袋に詰め始めた。余は無言で客に向き合った。


「これどこで採ったんですか」

「山だ」

「すごーい、自分で掘ったんですか?」

「そうだ」

「お兄さん、俳優さんですか?」

「違う」

「モデルさん?」

「……違う」


 

三十分でタケノコが全部売れた


余は売り切れたリアカーを眺めた。丸山が小銭を数えていた。


「全部で三千二百円です」

「それは多いのか少ないのか」


「今日のご飯は買えます」丸山が顔を上げた。「魔王くんのおかげです」


余は答えなかった。

ただ、悪い気はしなかった。

帰り道にコンビニに寄った。


丸山が迷わず肉まんを二個買った。



外に出て、二人で歩きながら食べた。


温かかった。手のひらから熱が伝わってくる。余は肉まんを眺めた。



蜂蜜酒でも竜の燻製でもない。ただの丸い蒸した食い物だ。しかしなぜか、捨てがたい満足感があった。



春の夕暮れの中を、リアカーをがたがた引きながら二人で帰った。

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