第4話「丸山くんの一日」
朝、丸山は学校に行かなかった。
特に理由は言わなかった。
ただ制服に着替えず、窓の外をしばらく見てから、また布団に戻った。
余も何も聞かなかった。聞く言葉を持っていなかった。
二人でぼんやりと朝を過ごした。
余はテレビというものをつけようとしたが、リモコンの呪具の使い方がわからなかった。ボタンが多すぎる。
どれを押せばいいのか。余は三分ほど眺めてから、そっと床に置いた。
丸山は布団の上で本を読んでいた。教科書ではなく、薄い文庫本だった。
静かだった。
魔王城では常に誰かがいた。
部下が命令を待ち、兵士が廊下を歩き、何かが常に動いていた。
こんなふうに、ただ黙って誰かと同じ場所にいたことは、なかった気がした。
悪くはなかった。
昼過ぎ、丸山が立ち上がった。
「ちょっと出てきます」
「どこへ行く」
「そこらへんです」
それだけ言って出て行った。
余は一人になった。
部屋を見回した。勉強机の上に教科書が積んである。鞄がある。しかし埃をかぶっている。壁に小さなカレンダーが貼ってあって、今月の日付にバツ印がいくつも並んでいた。
余にもわかった。あの鞄は、長い間使われていない。
なぜ学校へ行かないのか、余には理解できなかった。
だが聞いてはいけない気がした。なぜそう思ったのかは、自分でもわからなかった。
窓の外を見た。
田んぼが広がっていた。風が吹くたびに稲が揺れた。余はただそれを眺めていた。
ふと思った。
余はなぜ、この世界に飛ばされたのか。
あの夜、光に包まれた。声が聞こえた気がした。引っ張られる感覚があった。余は抵抗しなかった。なぜしなかったのか、今もわからない。
大陸を統べる魔王が、なぜこんな場所に。なぜよりによって、この少年の小屋に。
答えは出なかった。
夕方、丸山が帰ってきた。
スーパーの袋を持っていた。中から半額シールの貼られた弁当を二つ取り出した。
「今日はこれです」
「その黄色い印は何だ」
「半額シールです。夕方になると貼ってくれるんです、値段が半分になる」
余は弁当を受け取った。シールをしげしげと眺めた。
「これが貼られるのを待っていたのか」
「まあ、そうです」丸山は少し笑った。
「開店と同時に来るおばあちゃんとか常連がいて、みんな狙ってるんですよ」
余は何も言わなかった。
魔王城では食事は当然のように出てきた。
値段など考えたことがなかった。黄色いシールを待って、走って取りに行く人間がいるとは思ってもみなかった。
食べながら、丸山が少しだけ話した。
父親のこと。何ヶ月かに一度帰ってくること。お金を少し置いてまたいなくなること。
中学の頃は毎日家にいたのに、高校生になってから急にそうなったこと。
淡々とした口調だった。泣きそうでも怒っているわけでもなかった。ただ事実として話した。
「寂しくないのか」
余が言うと、丸山は少し考えてから答えた。
「慣れました」
それだけだった。
余は返す言葉がなかった。二百年間、余を恐れた人間は無数にいた。
余に媚びた人間も、余から逃げた人間も。だがこんなふうに、静かに孤独を受け入れている人間を、余は見たことがなかった。
いや、見ようとしていなかったのかもしれない。
夜、丸山は教科書を開いたまま寝落ちした。
余は電気を消した。暗い部屋で一人、また窓の外を見た。
星が出ていた。異世界の星と、形が少し違う気がした。
余はなぜここにいるのか。まだわからない。
だがこの小屋に、この少年の隣に、何か意味があるのかもしれないとぼんやり思った。




