第3話「丸山くんの家」
目が覚めると、知らない天井だった。
異世界に来た時と同じ状況だが、今度は臭いが違った。古い木と、何か温かいものの臭いがする。
「あ、起きた」
声がした。昨夜の少年だった。制服姿のままで、小さな台所に立っていた。
「どこだ、ここは」
「俺の部屋です。他に連れていく場所もなかったので」
余は体を起こした。体中が痛かった。見回すと、六畳ほどの狭い部屋だった。本棚、勉強机、小さなテレビ。
それだけだった。余の魔王城の玄関より狭い。
「名前、聞いてもいいですか」
余は姿勢を正した。
「余はヴァルザード・クロイツ・ディムナ・エルゴット。この大陸——」
「長い」
「……なんだと」
「魔王くんでいいですか。昨日のコスプレ、魔王っぽかったので」
余は絶句した。二百年生きてきて、こんな無礼を受けたことがなかった。しかし今の余には、怒鳴る体力すらなかった。
「……好きにしろ」
「丸山です。」少年は振り返らずに言った
「中学3年生です」
しばらくして、丸山は小皿を二つ持ってきた。
白い飯の上に、黄色いものが乗っていた。
「バター醤油飯です。これしかなくて」
「……これが食い物か」
「食べなくていいですよ別に」
余は箸を取った。使い方がわからなかったが、丸山が黙って手本を見せた。一口食べた。
温かかった。
バターの脂が米に絡んで、醤油の塩気が鼻に抜ける。こんな単純なものが、なぜこれほど——
「……悪くない」
「でしょ。安いし早いし、俺これ週三で食べてます」
「貴様は毎日これを食っているのか」
「貴様って言わないでください」丸山は少し笑った。
「週三って言いました」
食べ終わると、丸山は机に向かって教科書を開いた。
余はその背中を眺めた。
「親はいないのか」
丸山の手が、少し止まった。
「父親がいます。たまに帰ってきます」
「たまに、とは」
「二、三ヶ月に一回くらい。お金置いてまたいなくなります」
余は何も言わなかった。
魔王城の食事は豪華だった。竜の燻製も蜂蜜酒も、望めばいつでも手に入った。だが誰かと向かい合って食べたことは、ほとんどなかった気がする。
「魔王くんは」丸山が振り返らずに言った。「どこから来たんですか」
余は少し考えた
「遠いところだ」
「身分証とかは」
「持っていない」
「お金は」
「ない」
丸山は深いため息をついた。
「そうですか」
それだけ言って、また教科書に向かった。
余は思った。この人間は、余を追い出さないのか。
理由が、わからなかった。




