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第2話「異世界(ニホン)に立つ」

最初に気づいたのは、臭いだった。



知らない臭いがする。



土でも草でも血でもない。何か、複雑に混じり合った臭い。


 次に、音。


 轟音が断続的に迫ってくる。余は咄嗟に身構えた。魔力を練ろうとした。


 何も起きなかった。


 体の中が、空っぽだった。



 轟音の正体は、後にジドウシャと呼ばれる鉄の箱だとわかる。



だがその時の余には、巨大な鉄の獣が群れをなして走り回っているようにしか見えなかった。




余は路地の壁に背をつけ、息をひそめた。



 二百年以上生きてきて、初めて怖いと思った。

 言葉は通じた。



 看板の文字も読める。


なぜかはわからない。


転生の際に何らかの力が働いたのかもしれない。



だが今の余にとって、それだけが唯一の救いだった。



歩いた。あてもなく歩いた。



城があった場所を探そうとしたが、そもそもここがどこなのかわからない。



空は白く霞んでいて、太陽の位置だけが唯一見慣れたものだった。



 人間どもが余を見て、ひそひそと笑っていた。




「セフィロスのコスプレですか?」


「すごい気合い入ってるね」


「写真撮っていいですか」



余は答えなかった。


答える言葉が見つからなかった。



かつて余の名を聞いただけで膝をついた人間どもが、今は余を見て笑っている。


 剣がない。


 マントはあるが、体を守る魔力がない。


余はヴァルザード・クロイツ・ディムナ・エルゴットだ。大陸を統べる魔王だ。



そう思おうとしたが、この街では何の意味も持たなかった。


 夜になった。


 腹が減った。二百年ぶりの感覚だった。


魔王城では腹など減らない。


魔力が体を維持していたからだ。今の余の体は、ひどく人間に近かった。




 路地の奥で座り込んでいると、三人の若い人間が近づいてきた。



「おい、コスプレのにいちゃん。金持ってる?」

 余は立ち上がった。背が高いせいか、一瞬ひるんだ顔をした。


だがすぐに三人は笑った。

「なんだ、ガリガリじゃん」

 余は魔力を練ろうとした。 


 何も起きなかった。


 最初の拳が、余の頬に当たった。



気がついたら、夜空を見上げていた。

体が痛い。


これも久しぶりの感覚だった。最後に痛みを感じたのはいつだったか、もう覚えていない。



力が完全に無くなっている…





雨が降り始めていた。 


余は立ち上がろうとしたが、うまくいかなかった。



「大丈夫ですか」

 声がした。



 若い人間の声だった。


 余は薄れる意識の中で、その顔を見上げた。制服を着た少年だった。



傘を持っていたが、いつの間にか余の上にさしていた。少年自身は雨に濡れていた。

 


「救急車、呼びますか?」


 余には、その言葉の意味がわからなかった。


 ただ、この人間だけが笑っていなかった。


 それだけはわかった。


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