第1話「魔王城の朝」
目が覚めると、いつものように城が静まり返っていた。
天蓋付きの寝台。黒曜石で作られた天井。
微かに漂う魔力の残り香。何百年と繰り返してきた朝だった。
「陛下、お目覚めでございます」
扉の向こうから、部下の声。ヴァルザード・クロイツ・ディムナ・エルゴット。それが余の名だ。
魔王軍総帥にして、この大陸の支配者。勇者を七人葬り、今も君臨し続ける絶対者。
寝台から降りると、床に敷き詰められた絨毯が足の裏に沈む。
窓の外には、霧に包まれた魔王領が広がっていた。
村が見える。人間どもが朝の支度をしている。
ちっぽけな生き物たちだ、と余はいつも思う。
朝食は竜の燻製と、妖精族から献上された蜂蜜酒。
部下が恭しく並べる。
余は椅子に深く腰を下ろし、何気なく窓の外を眺めた。
村の女が、子供に何かを食べさせている。
黒いパンだ。硬くて、安くて、腹を満たすだけのもの。
余は一度だけ口にしたことがある。味などなかった。
なぜ今日、あれが目に入ったのか。
余にはわからなかった。
「陛下、いかがなさいましたか」
「……なんでもない」
蜂蜜酒を一口飲んだ。甘かった。
いつもと同じ味のはずだった。
その夜、余は見たこともない光に包まれた。
声が聞こえた気がした。言葉ではない。ただ、引っ張られるような感覚だけがあった。
余は抵抗しなかった なぜかは、わからない。




