第11話「雨漏りの夜」
夕方から雨が降り始めた
最初は小雨だった
しかし日が暮れる頃には本降りになっていた
屋根を叩く雨音が小屋の中に響いた。先日ロープで固定したトタンが、それでも時々ばこんと鳴った。
ぽたん
音がした
丸山が天井を見上げた。また、ぽたん。
「あ」
丸山が押し入れからバケツを出した
手慣れた動きだった
ぽたん、ぽたん
という音がバケツの中に収まった
余はそれを眺めた
「他にもあるか」
「たぶんもう一箇所」
余が部屋の隅を見ると、畳が少し湿っていた。新聞紙を敷いて、その上に鍋を置いた
ぽたん、ぽたん
バケツと鍋、二つの音が重なった
夕飯の時間になった
丸山が戸棚を開けた
しばらく眺めてから閉めた
また開けた
「魔王くん」
「なんだ」
「きな粉しかないです」
余は戸棚を覗いた。袋に少しだけきな粉が残っていた。それだけだった
「きな粉とは何だ?」
「大豆を炒って粉にしたものです」
丸山が袋を取り出した
「水で溶いて団子にします。食べられないことはないので」
余は黙って見ていた
丸山が茶碗にきな粉を入れた
水を少しずつ加えながら練った
ぽってりとした塊になったところで
小さく丸めた きな粉団子が十個ほどできた
皿に並べて、余の前に置いた
「甘くはないです。でも腹には入ります」
二人で向き合って食べた
雨の音が続いていた。バケツにぽたん、鍋にぽたん。窓の外は暗かった
余は団子を一つ食べた
素朴な味だった。甘くもなく、旨くもなく。
しかしこの小屋の、この雨音の中で食べると、不思議と悪くなかった
「魔王くんの世界って、どんなところだったんですか」
丸山が唐突に聞いた
話す気はなかった。しかし今夜は、なぜか話してもいい気がした。
「城があった」
「城?」
「石造りの大きな城だ。霧の中に建っていた。窓から見える景色はいつも灰色だった」
丸山が黙って聞いていた
「部下が千人いた。余の命令一つで軍が動いた。食うものには困らなかった。望めば何でも手に入った」
「じゃあなんで」丸山が少し躊躇してから言った
「こっちに来たんですか」
余は答えなかった。
雨の音が続いた。
「……わからん」余はゆっくり言った
「気づいたら光に包まれていた。引っ張られる感覚があった。余は抵抗しなかった。なぜしなかったのか、今も答えが出ない」
丸山が団子を一つ食べた。
「抵抗しなかったってことは、来たかったのかもしれないですね」
余は丸山を見た
「……」
「この世界のことを教えろ」
「何をですか?」
「何でもだ、人間がどうやって生きているのか、金とは何か、学校とは何か、貴様がなぜ一人でここにいるのか」
丸山は少し笑った。
「全部ですか」
「全部だ」
丸山が話し始めた
学校のこと、友達のこと、新学期になってから急に行けなくなったこと、理由はうまく言えないけれど
朝になると体が動かなくなること。
父親のこと。
お金のこと。
淡々とした口調だった。
しかし余は黙って全部聞いた
話しながら丸山は団子を食べた。余も食べた。皿が少しずつ空になっていった。
「魔王くんは」丸山が言った。「学校って知ってますか?」
「概念は理解した。人間の子供が知識を得る場所だな」
「そうです。でも俺、最近行けてなくて」
「なぜ行けない」
「わかんないです。行こうとすると、なんか、しんどくて」
余は団子を一つ手に取った。
「無理に行く必要があるのか」
「……たぶん、あります」
「そうか」
余はそれ以上聞かなかった
皿が空になった
雨はまだ降っていた。バケツの水が溜まってきていた。丸山が立って捨てに行った。戻ってきてまた置いた。ぽたん、ぽたんという音が再び始まった。
丸山が布団に入った。天井を見上げながら言った。
「魔王くんって、本当に魔王だったんですかね」
「だったではない。今も余は魔王だ」
「でも魔法使えないし、力もないし」
「今は、な」
丸山がこちらを見た
「今は、って」
「取り戻す方法を探している」
丸山はしばらく余を見ていた
タケノコを掘りまくった日のことを思い出していた。川で水が吹き上がったことを。銭湯で転んだことも思い出したが、それは今は関係ない
「……もしかして」丸山がゆっくり言った。「本当に魔王なんですか?」
余は窓の外を見た
「最初からそう言っておる」
丸山はそれ以上何も言わなかった
ただ天井を見つめていた。雨の音を聞いていた。
もしかして
本当に、もしかして…
丸山が寝入った後、余は一人で起きていた
バケツの水音だけが続いていた
余はきな粉の皿を見た。空だった。魔王城では考えられない夕飯だった。
きな粉を水で溶いて丸めただけのもの。しかし丸山は文句一つ言わずに作って、余の前に並べた。
余はなぜここにいるのか…
まだわからない。
しかしこの雨音の中で、この少年の寝息を聞きながら、余は少しだけ思った
もしかすると
答えはすでに近くにあるのかもしれない…と




