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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第一章:始まりの味

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第7話:ドワーフの竜肉ジャーキーと黒曜石のビール_2


「ここで、ビールを少し挟みましょう」

 ツユの言葉に従ってグラスを傾ける。泡が舌に触れ、麦の甘みと苦みが干し肉の塩気をゆるゆると崩していく。喉を下りる温度は冷たすぎず、暖かすぎない。戻ってくる香りが、さっきより澄んで感じられた。

「……合いますね。塩がまるくなる」

「はい。塩気の後ろに隠れていた甘みが顔を出します。黒曜石ビールの甘い香りが、肉の旨味を手伝うのですよ」

「ビールは冷やして飲んでましたけど。冷たいほういい、というわけでもないんですね」

「ジャーキーは、ビールが冷たすぎると旨味が逃げる。まぁ、一気に油を流し込みたいならとにかく冷やして、脂を楽しみたいならあんまり冷やさないこったな」

 グランツの話を聞きながら、ツユはうんうんと頷いていた。


「ほら若造、よく噛め」

 グランツは自分も厚い一片を齧り、顎を忙しく動かす。

「乾かす前に、竜の身は塩と香草に一晩寝かせる。次に煙でゆっくり乾かす。火は強すぎると脂が泣く。弱すぎると臭いが残る。……火の横顔を見るんだ」

「横顔?」

「正面から見ると炎はでかく見える。だが横から見ると、揺れの細かさが違う。竜の脂は細かい揺れで溶ける。鉄だってそうだ、なあ」

 グランツは自分の拳を軽く叩いた。

「俺たち鍛冶は、火を読む。肉も同じよ。火が読むに足るまで待てるかどうかで、味が変わる」


 ツユが静かに頷く。

「良い説明ですね。凪斗君、食事に対して『待つ』は味の大事な要素ですよ。噛む時間、温度が馴染む時間、香りが立ち上がる時間。どれも料理の一部です」

「噛む時間があるから、ビールも美味しい、ってことですか」

「ええ。硬さは拒むためではなく、時間を作るためにあります。豪快に見える料理ほど、その待ち時間の扱いは繊細なのですよ」


 グランツは満足げにグラスを空け、また注いだ。

「若造、竜肉の筋は怖がる必要はない。筋のまわりが一番旨い。切ったら負けだ。刃物で逃げ道を作るより、顎で解かす。そうすると、脂が筋の溝に沿って解ける。そこへビールを入れて洗ってやれ。道ができているから、味が通る」

「……やってみます」

 凪斗は筋の厚い部分を選び、ゆっくり噛む。最初は抵抗が強いが、顎を動かすうちに繊維が観念し、脂が舌に縫い付くように広がった。そこでビールを一口。苦みが滑走路になって、燻香が鼻へ抜ける。

「うわ……さっきより、香りが遠くまでいきます」

「そう、それです」

 ツユが嬉しそうに目を細める。

「順番と速度で、同じ二つが別物になります」


「順番は大事だな!」

 グランツがうなる。

「鍛冶でも同じ。叩く前に焼き、焼いたら休ませ、休ませたらまた焼く。順番を一個飛ばすと、刃はすぐ泣く。肉も、噛む→飲む→噛む、で刃の通りが変わるんだ」

「鍛冶の話、わかりやすいです」

「飯と火の話は、だいたい通じる!」


 ツユが板の端に残った小片を別皿に集めた。

「こちらは『極薄切り・短い待ち時間』の試し。……そしてこちらは『厚切り・長い待ち時間』の試しでございます。同じ肉ですが、置き方と時間で味の入口が変わります」

「入口」

「はい。薄切りは香りが先に来ます。厚切りは食感が先に来る。凪斗君、ご自身の舌で確かめてみてください」


 まずは極薄切りを口へ。噛む前から口の中に燻香が立ち、舌に触れて脂が早く溶ける。それから、味がふわっと横に広がる。

 次に、厚切りを口へ。舌に脂が触れるも、表面だけで歯が入るまでに少し時間がかかる。それを越えると、中心からぶわっと一気に旨味が湧く。味がガツンと縦に深く染み入る。

「……同じ肉でも、入り方が違う」

「ええ。入口が違えば、同じ家でも印象が変わりますよ。台所から入った人と、庭から入った人では、語る順番が変わるでしょう?」


 グランツが指で板をとん、と叩いた。

「おいツユ、若造は筋がいいな。噛みながら考えておる。考えながら楽しんでおる。そういう客は、酒の減りがゆっくりで、長く楽しめる」

「それは店としてもありがたいことですね」

 ツユが笑う。

「凪斗君、噛み疲れませんか」

「平気です。けど、顎にちゃんと仕事があるって、こんな感じなんですね」

「はい。噛むことは、身体に今食べていると知らせる行為です。噛む仕事を与える料理は、食卓の会話もゆっくりにしてくれますよ」


 凪斗は、会社の飲み会を思い出した。乾杯して、唐揚げを急いで取り分け、早口で近況を交わす。酒はみるみる減っていき、薄っぺらな会話はが頭に残る。こうして更は減っても、味の記憶は残りづらい。ここは違う。噛む時間が会話を生み、飲む間に相手の言葉が入ってくる。


「ところで、竜肉はどうやって手に入れるんです?」

 気になって聞くと、グランツは肩をすくめた。

「親父の代からの契約だ。討伐じゃないぞ、共存だ。大きくなりすぎた群れの調整とか、死骸の処理とか、そういう仕事に鍛冶屋は呼ばれる。骨は道具になる。皮は鎧になる。肉は保存して冬の糧になる。……竜に『ごちそうさま』を言う時は、鍛冶場で火を落として頭を下げる。それが決まりだ」

「ちゃんと、ありがとうを言うんですね」

「当たり前だ。火にも鉄にも挨拶はいる。挨拶のない鍛冶は、刃が拗ねる。拗ねた刃は扱いづらくて敵わん」


 ツユが笑って、グラスに少し水を足した。

「グランツは、よく食べ物に挨拶をします。道具に挨拶をするのと同じで、自然なことなのでしょう」

「ツユ、そっちの言い方のほうがずっと上品だな!」

「習い性でしてね。あぁ、ところで、ご紹介が遅れました。こちらは凪斗君。今日からこの店の試食係兼雑用係として雇いました」

「あ。初めまして、凪斗です」

「おぉ、ナギト、よろしくな! 俺はグランツだ。見ての通り、ドワーフの鍛冶屋。いい仕事するぞ! わっはっはっはっ!!」

 『豪快に笑うところが、なんとドワーフっぽい』と思いながら「いい仕事をしている手だと思いました」と返す。照れたようにグランツは凪斗の肩を一回叩いた。

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