第8話:ドワーフの竜肉ジャーキーと黒曜石のビール_3
話は盛り上がり、板の上の干し肉は、だいぶ減っていた。
ツユが新しい小皿を出し、粗く砕いた黒胡椒をひとつまみふる。
「香りの角度を少し変えます。……それから、こちらは蜂蜜をほんの少し」
「蜂蜜!?」
とグランツが目を丸くする。その反応の意味することと同じようなことを、凪斗も思っていた。
「甘くするのか? このジャーキーを?」
「いえ、甘くするのはなく『甘く見せる』のです。匂いだけ、手を貸してもらいましょう」
蜂蜜は爪の先ほど。照りだけが乗る程度。香りが立ち、ビールの果実香と結びつく。
凪斗は一口。胡椒の刺激が先に来て、次に蜂蜜の柔らかさが後を追い、最後に燻香がまとまった。
「……ジャーキーがデザートになった気分です。……え、何で? ジャーキーなのに……? 竜肉が?」
「言い過ぎではありませんよ。しょっぱいものの最後の一口は、甘い香りを連れてくると、ふんわりと丸く終われます。そこが肝かと」
「ツユ、俺の酒の締め方を勝手に上品にするな」
「上品にというより、長く楽しめる形ですよ、グランツ」
店の奥のテーブルでは、別の客が静かに笑っていた。言語はわからないが、笑いのリズムはわかる。黒曜石ビールのグラスが何本か並び、薄い泡がすぐ消えてはまた立っている。
ランプの灯りは、さっきより少しだけ明るい気がした。炭と鉄の匂いに、麦の香りが混じる。森の青い余韻はもう薄れて、代わりに火の匂いが店の中心になった。
「凪斗君、竜肉の塩抜きの考え方をお伝えしましょう」
ツユが言う。
「塩抜き? 是非教えてください!」
「ええ、もちろんですとも。塩気が強いと感じたら、水ではなく湯気で抜くのです。例えば湯気の上で三呼吸ほど待ってから口にすると、表面の塩が少し落ちる。あるいは、ビールの泡だけを舌に当ててから噛む。泡は塩を柔らかくしてくれます」
「やってみます」
凪斗はグラスを傾け、泡を舌先に触れさせ、それから干し肉を噛んだ。
――面白いもので、確かに、口に含んだ時の角が立たない。
「……違う。さっきより柔らかいです。コクは変わらないのに、まろやかになってる」
「よろしい。道具も食べ物も、使い方で機嫌が変わりますからね」
「おいツユ、今の湯気の上の三呼吸は盗むぞ。炉の上でやれる。こいつぁありがたい」
「どうぞ、どうぞ。ここは異世界の交差点ですから。沢山の登場人物から、欲しい物を持っていってください。別々の世界が繋がるかもしれません」
ツユが愉快そうに笑った。
「ここでは、やり方が行き来します。森の祝祭の最初の一皿も、鍛冶場の火の待ち方も、こうやって同じテーブルで話題になる。それが嬉しいのですよ」
「グランツさんは、どの世界からきているんですか?」
「俺か? 俺はヴェーダリアのコトス大陸、鍛冶の国ゴルゴド出身だ。……聞いたことあるか?」
少しだけ考えて、凪斗は「初めて聞きました」と素直に答えた。
「だろうなぁ」
グランツはあっけらかんと笑っている。
「あと、俺のことは気軽にグランツと呼んでくれ。堅っ苦しくなくていい。お前は? どこからきたんだ?」
「俺は、地球って星にある、アジア地域の日本からきました」
「なんだ! 二人目か!」
『他にも日本人が!?』と聞く前に、グランツが口を開いた。
「ツユの出身も、チキュウのアジア、ニホンじゃなかったか?」
二人乗り取りを聞いていたツユは、控えめに「そうですよ」と答えた。
言われてみれば、ツユの顔立ちは日本人そのものだった。他のアジアの国々の人たちと並んでも、何となく違うことはわかる。言葉も流ちょうで、伝えたいことの意味も良くわかる。
「私のことはいいのです。マスターとして以外に、個性はいりません」
そのまま続ける。
「それよりも。器の中が、随分と寂しくなりましたね」
その言葉に、グランツは残りのジャーキーを数え、凪斗の前に二枚滑らせた。
「若造、もう二枚はいける顔だ。どうだ」
「はい。いけます」
「よーし、その顔が一番いい。腹いっぱいにする顔じゃなく、旨ぇから続けたい顔だ」
グランツは嬉しそうに笑い、ジョッキを掲げる。
「ツユ、黒曜石をもう一杯。……若造、いや、ナギト。今の飲み方がよかったぞ。噛んで、待って、泡を舌に乗せる。お前、鍛冶屋でもやっていける」
「それは言い過ぎです」
「ははは、なら試食係でいい。ここで俺の火の味を覚えろ。次に来たとき、もっと面白いものを持ってきてやる」
ツユが静かに頷く。
「約束が増えましたね、凪斗君。いい夜ですよ」
「……はい。俺もそう思います」
胸ポケットの木札に指が触れた。木の温かさが、まだ少し残っている。
さっきまでの緑が、今は黒に入れ替わっている。けれど、どちらも居心地は悪くない。味の主役が変わるたび、ここでの自分の立ち位置も少しずつ変わる。そんな気がした。
――チリンと、扉の鈴がまた鳴った。
今度は軽い足取り。笑い声が小さく混じっている。
より店の名前らしくなってきた、と凪斗は思う。
噛む、飲む、待つ。火の側の夜は、もうしばらく続きそうだ。
黒曜石ビールをあおったグランツが、机をどんと叩いた。
「肉と酒は一対! これさえあれば生きていける!」




