第9話:ドワーフの竜肉ジャーキーと黒曜石のビール_4
凪斗が笑いかけたところで、後ろのほうから声が届いた。
「……大げさですね」
入ってきたのはレイファス。グランツと入れ違いでいなくなった、祝祭サラダを持ってきてくれた青年だ。肩の力が抜けた顔つきで、先ほどの丁寧さより少しくだけている気がする。
「あれ、また来たんですか? 用事があるとかなんとか」
「はい。木鉢は仲間に渡しました。こっちはいい匂いがするので」
グランツを見ると、口元がゆるむ。
「相変わらず声が大きいですね。炉の音より大きい」
「おう、森の坊主。お前の声が小さいだけだ」
二人は軽く小突き合って笑った。距離が近い。レイファスは知り合いが増えると、年相応の空気になるらしい。
「知り合いだったんですか?」
凪斗が口を挟む。
「ええ。さっきは特に用もなかったので、挨拶だけしました。……ところで。肉には酒、って言ってましたけど」
レイファスが腰を下ろし、茶葉の小袋を出す。
「僕の里は肉に茶です。脂を綺麗に流してくれるので、胃が喜びますよ」
「茶なんぞ草に湯をぶっかけただけだろ」
「その草に森の一年が入ってます」
視線が右へ左へ揺れる凪斗に、ツユが柔らかく声をかけた。
「並べてみましょう。そして、実際のところを比べるのです。凪斗君、その舌で確かめてください」
黒曜石ビールの隣に、土の香りの茶。さらに旅人が「これも試してみてくれ」と、一口分の果実酒を持ってきた。
「順番を決めましょう」
そう言って、ツユが指を折る。
「まずは肉だけで。それから、肉と黒曜石ビールを試す。次に肉と茶を試してから、最後は肉と果実酒。飲み物はこれで終わりですが、流れとして胡椒と蜂蜜で一度。同じ材料でも、順番で変わります」
凪斗は頷き、まず肉だけで食べた。塩と脂がゆっくり出てくる。
次に肉を食べてからビールを口にする。泡が舌を洗って、苦みと麦の甘みが重なる。飲み込みやすい。
「これは強いですね」
「だろう!」とグランツが身を乗り出した。
三つ目は茶。渋みが油をさらい、口が軽くなる。いなくなった脂をまた確認したくなり、舌が動く。
「歩けそうです。軽やかに次を求めてる」
「そう。森は歩きながら食べますから」とレイファス。
四つ目、果実酒。甘酸っぱさが加わって燻香が柔らかくなる。万人受けするかもしれない。
「デザート寄りですね。明るくなれそうだ」
「そうだろ」と旅人が笑う。
ツユが最後の一口を作る。ジャーキーに胡椒をふり、蜂蜜を爪先ほど。
「噛んで、泡だけ舌に。当てたら、茶で締めてください」
指示どおりにすると、角が消えて、香りが丸く終わった。
「……驚いた。終わり方が全然違います」
「順番は調味料です」とツユ。
周囲からも声が飛ぶ。
「オレの国は果実酒だ」「私は茶だ」「塩辛×塩辛が正義」
笑いが増え、グラスが触れる音が重なる。バルが一段と賑やかになる。
「春摘みの茶、淹れてもいいですか」レイファスがもう一袋出した。
「ええ、どうぞ」
春摘みは香りが軽い。肉と合わせても油が重くならず、ビールともぶつからない。
「味が渡っていきますね。茶からビールへ」
「そういう楽しみ方、好きです」とレイファスが嬉しそうに頷く。「同時に世界を股にかけるんですよ」と、照れくさそうに笑った。
グランツは鼻を鳴らした。
「細けぇことばっかり……まあ嫌いじゃねえ」
「嫌いじゃないくせに」
とレイファス。二人はまた笑う。顔を見なくとも、言いたいことはわかった。
ここでグランツが突然真面目な顔をした。
「鍛冶場で弟子を見る時は、まず腹を見ろって言われる」
「腹、ですか」
「ああ。腹が減ってるときの顔、食ってる顔、満ちてる顔。待てるやつは、鉄も肉も上手く扱える。待てないやつは火を焦らす」
凪斗は頷く。会社時代の食事は燃料でしかなかった。その食べ方は雑だっただろう。ここでは食べ方がそのまま仕事や文化に繋がっている。雑に扱ってはいけない。
「去年の弟子がな、失敗続きで刃を泣かせてた。飯も早食い。ある日、竜肉を丸呑みしかけたから怒鳴った。「まず噛め。噛めるまで待て。待てるやつが火を読める」ってな」
「その弟子さん、どうなりました?」
「今は一人前だ。顎が強くなって、手の力みも抜けた」
ツユが補う。
「豪快と繊細は矛盾しません。強く叩くには休ませる。塩気を楽しむには香りを添える。人も同じですよ、凪斗君」
「人も、ですか」
「ええ。今夜のグランツがそうでしょう」
「俺が優しい? 鉄は優しさじゃ伸びんぞ」
「伸びませんが、人は寄ります」
グランツは照れ隠しに肉を齧った。
ツユが小皿を出す。そこには、薄い餅のようなものが載っていた。
「挟んでみましょう。最初の噛みは軽くなります」
肉を細く裂き、胡椒を少し、春茶を一滴。餅で挟む。
確かに噛みやすく、味の入り口が変わった。
「これ、歩きながら食べられます」
「旅向きですね」
「旅向きだな!」
グランツが味わいながら言う。「山越えにもいい」と添えて。
真似する客が増え、テーブルごとに実”が始まる。
「果実酒先!」
「いや茶からの肉で、最後にビールだ!」
「蜂蜜は最後だろう?」
にぎやかだが、不思議と荒れない。みんな楽しそうに試している。
「塩が強いと感じたら、湯気の上で三呼吸。泡も角を取ります」ツユが小さなコツを再度提示する。
「仕事にも使えるな。炉の口で三呼吸だ」
「火傷に気をつけてください」
「任せろ!」
レイファスが茶を飲み干し、肩を回す。
「グランツ、坊主呼びやめません?」
「じゃあ森の若造」
「……まあ合ってるといえば合ってますけど」
客席から笑いが起きる。BALはこういう軽い直しがすっと通る。




