第6話:ドワーフの竜肉ジャーキーと黒曜石のビール_1
レイファスを見送った後、ツユが凪斗に目で合図を送る。
「では凪斗君、彼の前に水をひとつ。氷は要りません。彼の身体は、火でできているようなものですから」
「はい」
自然に口が動く。カウンターの水差しを取り、グラスへ注いで差し出す。男は礼を言い、ぐい、と一息で半分を飲んだ。
「うむ、いい水だ。荒ぶった火が落ち着く」
凪斗は、動いた自分の手の先を見た。
ぎこちなくなかった。ここでの最初の仕事は、水を差し出すこと。簡単で、しかし確実に誰かを考えてとる動き。胸の奥で、何かが一段落ち着いて座り直した。
自分の動きに、安心感を覚える。「自分はできるのだ」と、ただ水を注いで差し出すという動作に、手ごたえを感じていた。
ツユがエプロンの紐を整え、穏やかな声で言う。
「今夜は、森の祝祭の名残がございます。そこへ火の歌を重ねましょう。……凪斗君、よろしければ、耳を貸してください。皿が何と言っているか、あなたの言葉でまた教えていただきたい」
「わかりました」
返事をしながら、凪斗は自分の舌が今夜ずっと働いていることに気づいた。疲れではない。使われた心地よさだ。
ナッツにサラダを重ね、多少なりとも満たされた腹が、また動き出す。食事に対して、こんなに素直になったのはいつぶりだろうか、と、凪斗は自嘲気味に笑った。
「なんだか、今日はいい日になりそうだ」
「えぇ。私も楽しみです」
男は笑い、つられるようにツユも笑った。
「なぁ、景気づけに一杯いいか?」
「そう仰ると思っておりました。こちら、どうぞ」
注文を受ける前から用意していた一杯を、ツユは男に差し出した。小さなグラスに、宝石ナッツの殻が数個と、透明の液体が注がれている。
「これは?」
「宝石ナッツの殻と、水風船モロコシのお酒です。スッキリしますよ」
「おぉ、よくわかってるな」
一気に飲み干し、ナッツの殻を歯で噛み砕く。ボリボリと豪快に音を立てながら、男は殻のグラスをダンと音を立ててテーブルに置いた。
「ぷはぁっ! ……やっぱり、わかってるな」
なんとなく、その男の言葉に、凪斗は『今夜は長くなるだろう』と感じた。
「――今日もお仕事お疲れさまでした、グランツ。炉から真っ直ぐでございますね」
ツユが改めて迎える。
「うむ、火を叩きすぎて喉が砂になったわ! で、今夜は持ってきたぞ! ……なんだと思う?」
「それは……想像ができませんね」
「――竜肉のジャーキーだ!」
グランツは皮袋から包みを取り出し、どん、とカウンターに置いた。布の結び目を解くと、燻した匂いが一気に広がる。中から現れたのは、手のひら大の干し肉。厚みは指二本分。表面はところどころ黒く、筋の走りが光を拾う。縁の脂は琥珀色に透けていた。
「……竜肉」
凪斗は思わず声を漏らした。『何だか毒々しい見た目だな』が、初めての竜肉に対する感想だった。ゲームだと、もっと美味しそうに見えたのに、とも。
「安心せい、若造!」
とグランツは笑う。
「牙も爪もついとらん、食うとこだけだ! 毒も火も抜いてある。しかもだ、竜の肉は乾かすと旨味が締まる。噛むほどに、ほれ、出る!」
ぐい、と親指で身を押す。弾力が指先を押し返した。
「このお相手は?」
ツユが訊ねると、グランツは黒い瓶を持ち上げた。
「黒曜石ビールだ! 洞窟の冷気で寝かせたやつ。泡が細けぇ。喉を滑るぞ!」
瓶口を開けると、低い音がして、香りがゆっくり立ち上がる。ツユが角度を一定に保って注ぐ。グラスの中はほとんど黒だった。だが縁の薄いところだけ、赤銅色が透けた。泡はきめ細かく、指で触れたら消えてしまいそうな軽さだ。
「……こっちは、美味しそうかもしれない」
そんな言葉が口から出ると同時に、無意識にゴクリと喉を鳴らした。
「凪斗君、まずは香りを試してごらんなさい」
ツユに促され、凪斗は鼻先を近づけた。
見た目の印象より、焦げた匂いは強くない。麦の甘さ、その奥に干した果実の柔らかい香り。焙煎の苦みはあるが尖っていない。
「……思っていたより、重たくないですね」
「そう、それでよろしいのです。色は目を惑わせますからね」
「ほれ、ジャーキーもいくぞ」
グランツが板に干し肉を並べる。厚みがあるので、そのまま齧るのは骨が折れそうだ。すると、ツユが薄刃の包丁を取り出し、繊維を見ながら斜めに切り始めた。刃が入ると、乾いた皮の下から鈍い艶が覗く。
「繊維を断つように、薄く。そうすれば、噛み始めの抵抗が柔らぎますよ」
「流石だ、ツユ。わかっとる」
切り口はまだらな紅。中心は濃く、端に向かって茶がかる。ふわりと、脂の甘い匂いが強くなった。不思議と、獣臭くはない。竜と言えば大きくて、いかにもな魔獣や幻獣の象徴だ。今目の前に置かれたジャーキーは、普段口にするジャーキーとほぼ変わらないように見えた。
「いただきます」
凪斗は小片をつまみ、恐る恐る齧る。――肉は少し、勇気が必要だ。
最初の感触はやはり堅い。歯が入る位置を探る時間が、確かにいる。だが一度噛み切ると、内側から塩と脂がじわりと広がった。乾きの奥に、粘りのある旨味。舌の上で、燻香とうっすらとした獣脂の香りが重なっていく。
「……すごい! 噛むほど、味も香りも出てきます」
「だろう!?」
とグランツが得意げに言う。
「硬ぇもんは、時間を味わう食い物だ! この味のために、時間をかける。時間をかけることで、味に深みが増す。んで、ちぃと風味も変わる! がっはっはっ! 旨いか!? 旨いだろう!?」




