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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第一章:始まりの味

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第4話:エルフの祝祭サラダ_4


「混ぜるのは大人の役目ですか」

「最初は子どもたちです。子らが楽しそうに混ぜるほど、祭りの始まりが明るくなる。最後に年長が味を見て、果皮を足したり、穀をひとつまみ加えたりする。……僕の祖母が、いつも指先で味を正していました」

 レイファスの口元が、少し懐かしそうに緩む。

「祖母は『森で一番舌が清らかだ』と評判で、よく『おまえは森を裏切っていないか』と冗談を言われました。外の物語に惹かれがちだった僕に向けて、ね」

「今夜は、外に味を渡しに来たわけだ」

「そうですね。『外へ出るなら、まず最初に森の味を持って行け』――祖母の口癖です。あんな言い方をするのに、一番僕のことを理解してくれたのは祖母でした」


 ツユが「なるほど」と小さく頷く。

「よいお祖母様ですね。最初に手渡す味は、名刺であり、握手であり、挨拶状でございます。凪斗君、ここで多くの最初の一皿に立ち会うと、段々とわかってまいりますよ。世界ごとに、名刺の紙質が違うのだと」

「紙質?」

「ええ。言葉にするなら、口の中の手触り。粗いのか、滑らかなのか。乾いて始まるのか、湿って始まるのか。最初の二秒の印象は、だいたい文化の体温に重なります」


 なんとなく、それは想像できた。名刺には、会社の色が出る。

 凪斗は、会社の飲み会を思い出す。いつも“とりあえずビール”から始まった。苦くて冷たい泡を流し込み、会話を滑らせる油にする儀式。そこに良し悪しはなかったが、体温という言葉で思い返してみると、最初の二秒はたしかに「冷やして始める」の文化だったのかもしれない。


「食べ方の上手下手って、やっぱりあるんですか」

 さっきの言葉が頭に残っていた。

 ツユは「ありますとも」と、少し柔らかく微笑む。

「上手、というのは、料理の声の大きさに合わせて耳を澄ませる力でございます。大声の皿には大きく相槌を、小声の皿には身を寄せて。下手、というのは、いつも同じ声量でしか受け取れないことです」

「たとえば?」

「昔、蜂蜜酒しか飲まれぬ方がいらして、何にでも「もっと甘く」と仰った。蜂蜜酒が悪いのではございません。ご本人の耳が「自信が求める甘さの声」だけに合っていた。……そういう時は、砂糖ではなく「甘い香り」を手伝いに呼ぶのがよろしい」

「甘い香り」

「はい。温度、器、席順。そうですね、温かい木椀で少しだけ温を入れるだけで、甘みは前へ出てまいります。香りがほどける場所を整えるのです」


 ツユの話は、少し難しい気もしたが、頷いて飲み込めるほどには納得できた。

 そういう話し方をする人に、凪斗は救われる。思い出すのは、会議で「もっとわかりやすく」とだけ言って図表を増やす羽目になった夜。方法を教わらないまま責められるのは、どの世界でも辛い。ここでは、方法がある。耳の合わせ方、香りのほどき方。手段があるなら、努力の行き先が見える。


「……俺、今までの食事は文字通り『燃料』だった気がします」

 ふと、口が動いた。言った瞬間、撤回したくなるような生々しさがある。けれど、ここでは引っ込めなくていいと思えた。本当のことだから。

「味を、比べてはいたけど。うまい、まずい、コスパがいい、悪い、って。今日みたいに「意味が増える」食べ方は、してなかった」

「比べること自体は、悪いことではございませんよ」

 ツユはすぐに首を振った。

 「比較は翻訳であり、橋でございます。そこから先へ歩く力を、今日、凪斗君は見せてくださった。それなら十分に上手です」


 言い方が、やはり話を聞かせるように柔らかい。相手を一段上げてから、そっと鏡を渡す。悪戯に突き落としたり、おかしな角度から見せようとはしない。

 自分の舌が役に立った、という感覚が、少し遅れて胸に満ちた。会社では、資料の最後に付けたメモだけが引用されて、名前は話題に挙がらないことも多かった。よくあることかもしれないが、自分自身の存在は消されたようで悔しかった。

 ここでは違う。食べて、感じて、言葉にしたことが、確かに届いている。自分以外の誰かに。


「あぁ、そうだ」

 レイファスが、懐から小さな木札を取り出してカウンターに置いた。

 木目に浅く刻まれた紋様。その跡に沿って、焦げ目が見えた。この文様を、ハッキリと浮き立たせている。それは輪になった枝葉の内側で、芽がひとつ立ち上がっていた。

「森の祝祭の印です。今夜ここで食べた方に、よければ」

 ツユが微笑む。

「ありがたいことです。凪斗君、いただきなさい。名刺を受け取るのは、立派なお役目です」

「俺が、もらっていいんですか」

「ええ。あなたの最初の一皿でございましたから」


 木札は軽い。指先に乗せると、僅かに温もりが移った気がした。胸ポケットにしまうと、心臓の鼓動と木の匂いが近くなる。

 こういうものを受け取るのは、いつ以来だろう。記念品や、表彰状ではない。もっと日常の手触りを持つ、ささやかな印。出会いに感謝するような、会えたことに喜びを感じるような。ずっと昔、子どもだった頃はよく感じたのに、大人になってもう何年も経った今、久し振りに感じた。

 無理に意味を大きくしなくていいのに、静かに背筋を伸ばす力がある。

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