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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
第二章:様々な世界の一片

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第38話:ポテトチップスの味変_3


 観光客の女性も一枚取り、恐る恐る口へ。

 ぱりっ。

 噛んだ瞬間に甘みが舌の上で弾け、塩の鋭い粒がその後ろから主張してきた。


「わ……甘い! でも塩のおかげでしつこくない! お菓子なのに、ご飯にも合いそう……!」


 男性も負けじと試す。


「……大学芋とか芋けんぴに似てる。でも軽い! 油っぽくなくて、ポリポリいけるな」


 凪斗も一口。揚げたての熱が舌を刺激し、噛むほどに蜜の甘さが広がる。


「やっぱり、日本のさつまいもチップスに近いな。祭りの屋台にあってもおかしくない味だ。塩が効いてるから、止まらない」


 皿から次々と手が伸び、蜜芋チップスは瞬く間に減っていく。

 そこで誰からともなく「これって、何と一緒に食べるのが一番うまいんだろう?」という話になった。


「決まっとる!」


 グランツが即答する。

「ビールだ! 芋の甘みを塩で締めて、ぐいっと流し込む。これ以上の相棒はねぇ!」

「いやいや、ここは紅茶でしょう」


 女性が首を振る。

「甘いお菓子には紅茶。定番だと思いますよ」

「うーん。俺は牛乳だな」


 男性が挟む。


「キャラメルポップコーンみたいな感じで合いそう」

「俺は緑茶かほうじ茶派だな」


 凪斗も笑う。


「甘いのを香ばしく洗い流す。絶対合う」


 ツユは微笑ましくその様子を見ていた。


「では、試してみましょうか。料理は言葉より実際の相性で語るものです」


 彼の手によって、それぞれの飲み物が並べられた。

 グランツは待ちきれずビールで豪快に流し込み「ぷはーっ! これぞ最高だ!」とご満悦だ。

 女性は紅茶を合わせ「やっぱり! ちょっと上品なお菓子になった!」と声を弾ませる。

 男性は牛乳を口に含み「……キャラメルみたいだ。香ばしくてほんの少しだけ苦みもある。うん、思った通りだな」と頷いた。

 凪斗はほうじ茶で流し「やっぱこれだな。甘さがすっと消えて、また次の一枚が欲しくなる」と笑った。


 それぞれの好みが交錯するたび、テーブルはにぎやかになり、皿の上のチップスはあっという間に半分以下になっていた。


「おい、次来るときまでに、もっと仕込んどけよ!」


 グランツがジョッキを掲げて豪快に笑う。


「あはは。今度は山盛りの蜜芋が必要になりそうですね」


 凪斗は肩をすくめるが、その表情には苦笑とともに小さな誇らしさが浮かんでいた。


 皿の上の蜜芋チップスは、もうほとんど影も形も残っていなかった。

 観光客の二人は、まだ現実を掴みきれない様子で、所在なげに椅子から腰を上げる。


「……ほんとに、扉を開ければ帰れるんですか?」


 女性がもう一度問いかける。声はわずかに震えていた。

 ツユは穏やかな眼差しでうなずき、扉を示す。


「ええ。恐れずに一歩を踏み出してごらんなさい。行きと同じように、道は必ず繋がっています」


 男性は深呼吸をし、取っ手に手をかける。

 扉が軋む音を立てて開くと、そこには確かに見覚えのある夜道が広がっていた。遠くから犬の鳴き声、街灯の下に舞う虫の影、湿ったアスファルトの匂い――日常の風景そのものだった。

 二人は目を丸くして振り返り、最後に深く頭を下げる。


「……ごちそうさまでした。本当に、ありがとうございました」

「また……来られるんでしょうか」


 不安そうな二人を見て、ツユは静かに笑った。


「ご縁があれば、きっと」


 二人の背中が扉の向こうに消え、音を立てて閉じると、バルの中は一気に静けさを取り戻した。

 凪斗は長く息を吐き、背もたれに体を預ける。


「……夢みたいだ。でも、夢じゃないんだよな」


 皿に残る塩の結晶、蜜の焦げた匂い、カウンターに残るグラスの水滴――すべてが現実を示している。

 初めての日本人。

 ここでは、異世界の人間や種族にしか会ったことがない。

 それが今日は、日本の人間に遭えたのだ。


「おう、いい夜だったな! こんな芋なら、次はもっと山盛りで頼むぜ!」

「グランツさん、そんなに気に入りましたか?」

「ああ! こりゃあ気に入った! 毎日でもつまみにしてぇぐらいだ!」


 よほど気に入ったのか、グランツは開いた皿を、名残惜しそうにチラチラと見ている。

 そんな姿を見て、凪斗は昔のことを思い出した。

 会社の飲み会で感じていた息苦しさとは違う。ここには、肩書きも打算もない。ただ「美味しい」を分かち合うだけの人たちがいる。


「……やっぱり、こっちの方がよっぽど居心地いいな」


 その独り言に、ツユが応える。


「凪斗君、給仕にはもう慣れましたか?」

「いえ……まだ緊張しますよ。今日だって、あの人たちを前に妙にそわそわしてました」

「それでいいんです。料理は緊張も、安堵も、全部受け止めてくれますから」


 凪斗は言葉を失い、ただ頷いた。

 胸の奥に広がる温かさが、じわじわと自分を満たしていく。


 バルの夜は、静かな余韻を残して更けていった。


 ――昼のBALクロスロードは、夜の顔と違ってやわらかい。窓から差し込む光がカウンターを斜めに照らして、磨いた木目にぬくもりの影を落とす。凪斗は布巾をたたみ、昨夜の余韻を思い返していた。観光客が持ち込んだ一袋のポテトチップスが、店の空気を一気に掴んだこと。カリッという音、軽い塩気、止まらない手。あれほ“場を動かす食べ物があるのかと、感心しきりだった。


 がらり、と扉が開く。胸板の厚いドワーフ、グランツが入ってきて、肩から提げた麻袋をどさりと置いた。


「ツユ、凪斗。頼みがある。昨日のあれを、店でもやってほしい」

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