第37話:ポテトチップスの味変_2
ポテトチップスを燻香胡椒チーズソースに浸し、ばりっと噛み砕く。
黒胡椒の粒がぴりっと舌を突き、そのすぐ後ろから濃厚なチーズの旨味が舌を覆った。燻製の香りが鼻へ抜け、酒気をさらに呼び込む。
「……おお、これは……! 強ぇな。胡椒の辛みで一度口が締まるのに、チーズがすぐ後ろから押し返してくる。……酒が呼ぶ! 間違いねぇ!」
豪快にジョッキをあおると、彼は指についたチーズを舐め「この残り香だけでもう一口欲しくなるぞ」と笑った。
観光客男性も恐る恐る試す。
「……これ、ピザ風味のポテトチップスにちょっと似てるかも。けど、胡椒の辛さが段違いだな。舌がじんじんする」
「ピザ?」
グランツがキョトンとした表情を見せ、凪斗が笑った。
「わかる。でも、こっちは酒場向きだな。パンチが強い」
女性は「これは絶対ビールだね」と素直に頷いた。
次は夜光花蜜マヨ。
白いマヨに淡いオレンジが筋を描き、スプーンで混ぜるとほのかに光が瞬いた。
女性が一枚を掴み、ちょんとつけてかじる。
「……あっ、最初はマヨの酸味なんだけど、その後すぐに甘い! なんか……サラダにかけても合いそう!」
「ほんとだ」
男性も追随する。
「後味が柑橘っぽい。レモンより柔らかい感じで」
グランツは鼻を鳴らしながら試す。
「ふむ……肉には合わんが、これは単体で無限に食える。危ねぇな。菓子として成立してやがる」
「でしょ? お菓子っぽい!」
女性は笑った。
最後は星砂塩クリーム。
白いクリームに混じった結晶は、光を受けて小さな星屑のようにきらめいた。
男性が一枚にすくい、口に運ぶ。
「……ん、すげぇ。不思議。最初に塩がぱっと溶けて、そのあと喉に涼しい風が抜けていくみたいだ」
「ほんとだ!」
女性が続ける。
「チーズケーキに塩キャラメルをかけた時の、あの感じに似てる。でももっと軽い」
グランツも大きく頷く。
「……やっぱり、これだ。これが一番だな。喉が準備を始める。まだ飲んでもねぇのに、次の一杯を待ってやがる」
凪斗も試してみて、思わず笑う。
「夏の海で食べる塩ソフトに似てる。しょっぱいけど、後味が涼しくて癖になる」
皿のポテトチップスは、彼らが一口感想を言い合うたびにどんどん減っていく。
「わ、ほんとだ。危険……止まんない」
女性は笑いながら次の一枚を口に放り込んだ。
ツユはその要津を見ながら、ふっと笑う。そして静かにまとめた。
「料理は人によって見え方が違う。だからこそ、同じ皿を分け合うのは楽しいのです」
凪斗はカウンター奥のまな板に蜜芋を置いた。
見慣れた日本のさつまいもとは少し違う。表皮は濃い紫で、指で触れるとざらりと土の感触が残るほど厚く、ずっしりとした重みがあった。包丁を入れる前から、甘い蜜の香りがかすかに漂っている。
ごくりと観光客が唾をのんだ。
「……なんか、もう匂いが甘いですね」
「そうでしょう? 焼いただけでお菓子になるくらいなんですよ」
凪斗は笑って答える。
包丁を押し入れると、刃がぴたりと吸いつくように沈み、ずるりと蜜がにじんだ。断面は黄金色に輝き、光を受けると半透明に透ける。切り口から立ちのぼる香りは、熟れたバナナと蜂蜜を合わせたような濃さを帯びている。
「わぁ……」
女性が思わず声を漏らす。
凪斗は小さく頷き、同じ厚さになるよう一枚一枚丁寧にスライスしていく。
ざく、ざく、と包丁が芋を裂くたび、刃に蜜がまとわりついてきらりと光る。指先にぺたりと残った蜜を拭えば、指からすら甘い香りが広がった。
「こりゃ本当に、焼くだけ……いや、切るだけでお菓子になりそうだな……」
男性が呟く。
「日本でも、焼き芋を食べますしね。でも、それよりずっと甘いんですよ」
「確かに、色が違いますよね」
「そうなんです。でも今日は――揚げて、薄いチップスにします」
スライスされた芋は、透けるような黄色の円盤。重ねれば少しの重みで蜜がにじみ出し、光を帯びた縁がしっとりと輝いた。
凪斗はそれを一呼吸置いてから、熱した油の鍋へ滑らせる。
ぱちぱちと音を立て、小さな気泡が表面を覆い、黄金色の薄片はみるみる波打つように反り返った。
油からすくい上げたばかりの蜜芋チップスが、皿の上で小気味よい音を立てて重なった。
透き通る琥珀色の薄片からは、焦がし砂糖に似た甘い香りが立ちのぼり、そこへ星砂塩の粒がきらりと輝く。熱気に揺れるそれは、見るだけで手を伸ばしたくなる誘惑だった。
案の定、最初に我慢を失ったのはグランツだった。
「おっ、もう食っていいんだろ! 待ちきれん!」
ごつい指で一枚つまもうとした瞬間、ツユがすっと手を差し伸べ、軽く払いのけた。
「まだ熱いですよ、グランツ殿。舌を焦がしたら、酒も進まなくなりますよ」
「ぬぐぐ……それがわかっても、芋の香りが俺を呼んでる!」
結局こっそりと一枚を奪い、口に放り込んだ。
「ぅおっ!? あっちぃぃ!」
直後、舌を焼かれたのか情けない声をあげる。観光客の二人は同時に吹き出し、凪斗も苦笑を堪えきれなかった。
「だから言ったでしょうに」
ツユは眉を下げ、呆れたように言ったまるで孫を叱る祖父のような口調だった。
それでも一口噛んだグランツの顔はすぐに歓喜へと変わる。
「……んんん! カリカリだ! 表はこんなに薄いのに、中からじゅわっと蜜が広がる……! あぁ、これよこれ! 酒を呼ぶ音だ!」




