第39話:ポテトチップスの味変_4
袋の口を開くと、房になった小さな芋が顔を出す。小指ほどの丸い芋が、鈴蘭みたいにいくつも連なっている。皮は薄紫で、ところどころに白い粉が吹いたような艶があった。
「これって、鈴なり芋?」
凪斗が覗き込む。
「ああ。枝から房で実る芋だ。昨夜のポテトチップスが忘れられなくてな。これで再現できないかと思って、山から採ってきた」
カウンターの奥からツユが出てきて、房を手に取り、重さを確かめるように少し揺らした。
「よい芋ですね。水分が多く、皮がやわらかい。揚げれば軽く仕上がりますよ」
奥のテーブルから、レイファスが立ち上がる。
「それが昨夜の噂の菓子ですか。ぜひ食べてみたい」
ひょいと厨房にかかった暖簾をくぐって、カリンも顔を出す。
「ちょ、ほんま? ウチ、昨日は外回りで食べ損ねとってん。めっちゃ気になっててさ。いける?」
奥の席で帳面を眺めていたモーガも腰を上げる。
「ワシも一口いただこうかの」
常連につられて、昼の客たちも「それが例の?」「少しだけ味見を」と集まってくる。店の空気が一気にわくわくで満ちた。
ツユは軽く手を叩いた。
「では、皆さま。少々お待ちを。凪斗君、下ごしらえをお願い」
「了解です」
凪斗は房から芋をひとつずつ外す。ぷち、ぷち、と小気味よい感触。水桶に落とすと表面の土がふわりと流れ、皮の紫にしっとりとした艶が戻る。指でこすると、薄皮がきゅっと張り、ほんのり甘い匂いが立った。
「枝から採れる芋って不思議やな」
カリンが身を乗り出す。
「匂い、なんかフルーツ寄り」
「焼くだけでも甘いけど、今日は薄切りにして揚げます」
まな板に横一列に並べ、包丁を寝かせて薄く引く。ざく、ざく。断面は淡いレモン色で、光に透かすと半透明に見える。切り口から水分がすっとにじみ、刃に蜜のようにまとわりつく。指先が少しぺたつくたび、甘い香りが指からも立ち上がった。
「うっすい! 向こうが透けてんで」
カリンが感嘆の声を漏らす。
薄片を布で軽く押さえて余分な水気を取り、銅鍋の油を温める。温度は高すぎず、表面に熱の揺らぎが見えるくらい。試しに端切れを落とすと、ぱっ、と小さな泡が散った。
「いきます」
スライスを一気にではなく、扇状に滑らせるように油へ。ぱちぱち、と気泡が増え、薄片はみるみる反り返っていく。最初は透明、すぐに麦わら色、やがて淡い琥珀。油の表面に浮いたところで木べらでやさしく返し、色づきのムラを抑える。はぜる音は軽く、香りは澄んでいる。砂糖を焦がしたような匂いが遠くでして、近くでは皮の香ばしさが勝っていた。
「焦らず、今です」
ツユの声に合わせて、凪斗は網杓子で引き上げる。油を切り、網に広げると、カリリッと乾いた音が連なる。熱気が波のように立ち上り、光の中できらきらと揺れた。そこへ星海塩の鉢、夜蜜、光樹バター、黒角胡椒、紅梅果のペースト――小皿がずらりと並ぶ。
「まずはそのままからいきましょう」
ツユが皿を差し出す。
揚げたてを一枚。
サクッ。
最初の砕け方が非常に軽かった。内側からゆっくり甘みが出てくる。砂糖の直球ではなく、甘藷のやわらかな甘さに近いけれど、後味が短くてベタつかない。噛み進めると皮の香ばしさが追いかけ、喉を通るころには、土の記憶みたいな丸い香りがふわっと残った。
「……これ、芋の味がちゃんと主役だ」
凪斗は一枚食べてそう言った後、すぐに次の一枚へ手を伸ばした。
「素のままで旨いのは強いな」
グランツが腕を組む。隣で食べていた青年が「軽い! 油が重くない」と目を丸くした。
次は星海塩。青みを帯びた結晶を高い位置からぱらり。薄片にのった塩が光を反射する。口に置くと、最初に塩の冷たさが舌に触れる。ひやりとするのに、塩気そのものは角がない。砕ける瞬間に甘みが立ち、飲み込むころには塩がすっと消えて喉に涼しさだけを残した。
「おもしろ……冷たい塩ってなんなん」
カリンが笑って首をひねる。
「夜の砂漠風に晒した塩です。結晶に冷香が残るんですよ」
「夏に欲しいやつですね。水にも、淡い酒にも合う」
レイファスが茶を一口含み「後味がきれいだ」と目を細めた。
手前のテーブルの老紳士は「昼間の一皿にいい」と頷き、もう一枚つまむ。
夜蜜&光樹バターは、湯気の上で小鍋に落としたバターを少し焦がし、夜蜜でのばしてから絡める。表面に艶が出て、甘い香りが一段濃くなる。一口目はバターのコクが舌にまとわり、すぐに蜜の甘さが追いかけて舌全体に広がる。塩をひとつまみ利かせてあるので、甘じょっぱさが波のように往復して、嚥下後にミルクの香りがふわっと残った。
「……危ないやつやなぁ」
カリンが口元に蜜を付けたまま笑う。
「甘いのに後味が短い。ずっと食べてまう」
「ワシはこれが一番好きじゃ。ケーキの代わりになりそうじゃからのう」
「ふっはっはっ! 甘党は黙ってない味だな」
グランツは苦笑しながら、しかし手は止まらない。
黒角胡椒は、挽きたてを振る。鼻に来る香りが強い。ひと口齧った瞬間、針で刺されたような鋭い辛味が舌の側面を走り、額に汗が浮く。ところが噛み砕くほど芋の甘みが顔を出して、その辛味と甘みが渦を描く。飲み込んだあと、舌の奥にピリピリした余熱が残って、喉が「次」を求める。
「辛い! でも止まらん!」
カリンが笑って水をひと口。
「あ、でも牛乳のほうがよさそうやな……」
「俺は酒が欲しくなる」
グランツが即座にジョッキを持ち上げる。
「こういう辛さは、肴にちょうどいい」
最後に手を伸ばした女性は「胡椒の香りが立つから、甘さが重ならないのが好き」と、二枚目をそっと割って口へ運んだ。




