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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
第二章:様々な世界の一片

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閑話③:異世界の料理それぞれ_4


 老人は空になるまでお茶を楽しみ、立ち上がる。


「また砂を渡る途中で扉が現れたら……寄らせてもらおう」

「次もまた、お話聞かせてください!」

「楽しみにしていますね」


 無骨なその背中が扉に消えたあと、カウンターには微かに涼やかな香りと、カップの底に煌めく光の余韻だけが残った。


 ――客が誰もいなくなったころ、BALの扉が小さく軋んだ。

 姿を現したのは、緑色の外套を羽織った小柄な青年だった。褐色がかった肌、尖った耳はエルフに似ているが、目元の雰囲気はどこか人懐っこく、森の小さな獣を思わせる。


「……そんなまさか」


 青年は目を丸くしていた。


「ここは森の小屋じゃないのか?」

「ようこそ、BAL・クロスロードへ」

「ようこそ!」


 今日は、初見の客が多い。そういう日もあるだろう。


「狩りの途中で小道を歩いていたら、木々の間に見慣れぬ扉が現れて。覗いてみれば、酒場に繋がっていたとは」

「みなさん、初めていらっしゃった時は驚かれます」

「まさか、扉の向こうがお店に繋がってるなんて思いませんよね」

「BAL……なるほど、見知らぬ場所と交わる場所なのか。面白い」


 青年は軽く頭を下げ、カウンターに腰を下ろした。


「オレは、フィオルネ緑樹界のエンベル大陸にある狩人の村ラグナから来た。ミオルだ。よろしく。森の民はこう見えて腹が減る。もしよければ、軽いが腹持ちのする食事を頼めるか?」

「その、ラグナでは、どんな食事を摂るんですか……?」


 凪斗が興味を示す。


「ああ、そうだな。朝に食べるなら樹蜜粥だろうか。森で採れる甘露樹の蜜を、同じく甘露樹の幹を砕いて炒ったものと一緒に、炊き上げる粥だ」

「木の幹を!?」

「君たちは食べないのか?」

「え、えぇ。硬くて渋くて繊維だらけで、多分みんな食べないと思います」

「そうなのか……。腹持ちがよくて、朝食べると身体が軽くなるんだ。だから、狩りに出る足が進む。子も大人も、老人も口にする。我らにとっては一日の始まりを告げる味だよ」


 ツユが帳面を取り出し、ペンを走らせる。


「甘露樹の蜜に幹……初めて伺いました」

「蜜はそのままでも甘いが、煮ると滋養が強まり、幹は膨らんで腹持ちもよくなる。森では誰かが鍋を煮ていれば、自然と人が集まってきて、一緒に粥をすくって食うんだ。村の朝は、粥を囲んで笑う声で始まる」


 その光景を思い浮かべ、凪斗はぽつりと呟く。


「いいですね……日本の朝ご飯みたいです。お粥はこちらでも食べますよ」

「ニホンのおかゆ?」


 青年が首をかしげる。

 凪斗は笑い、説明を続けた。


「日本だと、お粥は体調が悪い時によく食べるんです。胃に優しくて消化もいい。……でも普段でも食べますよ。薬味を変えるんです。梅干しとか、漬物とか、焼き魚をほぐして載せたり。粥そのものは薄味だし、食感も独特だから、好き嫌いは分かれるんですけど」

「ヤクミとは?」

「お粥の味を変える、添え物って感じです。しょっぱくしたり辛くしたり、食感を変えたり。栄養を足すのもありかな」

「なるほど……粥に薬味を添えて、粥の味を楽しむのか。それは面白い」


 青年は目を輝かせた。


「森でも木の実や胡桃を散らすことはある。だが焼き魚を載せるのは聞いたことがないな」

「きっと合いますよ!」


 凪斗は思わず力を込める。


「シンプルだからこそ、いろんな味に変えられるんです」

「そうかもしれないな」

「あ、でも、甘露樹は甘いんですよね」

「そうだ」

「まずはひとつ、作ってみましょう」


 ツユが厨房で準備を始めた。穀を鍋にかけ、透き通る黄金色の蜜を垂らすと、ふんわりと甘い香りが立ちのぼる。仕上げに葉胡桃を刻んで散らすと、香ばしさが重なる。


「どうぞ。BAL流の樹蜜粥です」


 青年は匙を手に取り、慎重にひと口すくった。


「……おお。口当たりが柔らかい。甘さが後から広がって、腹にすっと落ちる。これなら朝どころか、夜食にもいいな」


 凪斗も味見して頷く。


「ほんとに日本のお粥みたいです。でも、蜜の甘さがあるから、デザートにも近いかも」

「なるほど。これを村に持ち帰れたら、きっと皆が驚くだろう」


 青年は目を細める。


「狩りの前に粥を食うとき、笑い声が絶えないのは……ただ腹を満たすだけじゃない。皆で一緒に食うことで、森を生きる力が湧くんだ」


 食べ終えた青年は小袋を差し出した。中には艶やかな黒い実がぎっしり詰まっている。

「代金代わりに森岩胡桃を。炒れば香ばしく、油を搾れば料理にも使える。森では冬を越す大事な糧なんだ。葉胡桃も、肉厚で良いんだけれどね」


 ツユは帳面に『樹蜜粥・甘露樹の蜜・森岩胡桃』と書き留め、静かに受け取った。


「BALにとっても新しい味です。ありがとうございます」


 青年は頭を下げ、扉の向こうへ消えていく。残された粥の香りはほんのり甘く、森を歩く風のように店を包んでいた。


 青年は最後の客だった。

 BALはクローズの看板を掲げ、静かになる。

 凪斗は今日の営業を思い返し、見たことのない各地の情景を胸に、閉店後の片付けを始めるのだった。

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