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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
第二章:様々な世界の一片

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閑話③:異世界の料理それぞれ_3


 男が眉を上げる。


「そのポンチって何だ?」

「えっと……甘い果物を甘い炭酸水に漬けて、みんなで食べるデザートです。小さい頃のパーティーでよく出てきて……果物をすくうのが楽しくて。シロップやお酒に漬けることもあるみたいです」


 凪斗が説明すると、男は腹を抱えて笑った。


「ははは! そりゃいい。フルーツポンチか。何だか妙に可愛らしいが、その響きが気に入ったぜ。今度仲間に吹聴してやろう。『今日の鉱夫酒場はフルーツポンチだ』ってな!」


 飲み終えると、男は懐から小袋を取り出した。カウンターに置かれたのは、厚みのある青銅色のコイン数枚と、小瓶に入った赤茶色の粉。


「代金代わりだ。ドルミナで流通してる鉱銅貨と『燻香胡椒』って香辛料だ。粒がデカいだろ? 肉でも酒でも、この一粒で薫りが変わる」


 ツユは静かに受け取り、帳面に「燻香胡椒、強い薫香」と記し、コインも添えて閉じた。


「ありがとうございます。BALの新しい調味料として大切に使わせていただきます」


 凪斗も手元の瓶を覗き込みながら、かすかな燻香に「これだけで料理の顔が変わりそうだな」と感心する。


 男は立ち上がり、肩を回した。


「妙な店だが……悪くねぇ。坑道の扉に戻れるかわからんが、また来れりゃいいな」

「その時はまた、新たな味をお出ししましょう」

「あぁ。その時を楽しみにしてるよ」


 その背中が扉に消えると、BALにはほんのりと香辛料の燻った匂いが残った。


 凪斗は思う。


(ただの飲み物も、異世界では生き方そのものなんだな。……地図が埋まるたびに、この店も世界も広がっていくんだ)


 夜更け、BALの扉がぎいと軋んで開いた。

 入ってきたのは背の曲がった老人だった。砂に焼けた褐色の肌、布を巻いた頭、擦り切れた外套。衣の隙間からは乾いた風の匂いが漂ってくる。


「……おお?」


 老人は店内をぐるりと見回し、白い眉を上げた。


「こりゃどうしたことじゃ。ワシは大砂海ザフランの真ん中におったはずなんじゃ。夜の砂丘に、扉なんぞあるはずもない。けど……灯りが漏れとると思うて覗いたら、これじゃ」


「ようこそ、BAL・クロスロードへ」


 本日、何度目の言葉だろう。ツユは、疲れた気配を一切見せず、どの時間でも客を笑顔で迎えた。


「BAL……なるほど。夢でも見ておるのかと思ったが、どうやら現実らしいの」


 杖を突きながらカウンターに腰を下ろした老人は、ゆっくり名を名乗った。


「ワシはザハラ乾砂界の大砂海ザフランを渡る駱駝使い、住まいは星見のオアシスじゃ。名はジアと言う」


 ツユは帳面を開き、さらさらとペンを走らせる。


「ジアさん、ですね。ツユと申します」

「ナギトと申します」

「ザハラ乾砂界……初めて伺いました。新しい界の名がまた地図に加わります」

「地図……か。好きに書き留めるがええ。……折角じゃ、砂漠を生きる者の味を教えてやろう」


 ジアと名乗った老人は喉を鳴らし、語り始める。


「砂漠はな、昼は灼けるように熱く、夜は骨の髄まで冷える。水を欲しても、持ち歩ける量には限りがある。だからこの『星砂茶』が欠かせんのじゃ。夜露ミントを集めて凍らせ、星茶葉と練り固めた茶の素を作る。夜は熱湯で溶いて温かく、昼は冷水で割って涼を得る。これひとつで、命を繋ぐんじゃよ」


 凪斗は思わず感嘆する。


「それって、日本の麦茶に似てます。夏にみんなで飲むんです」

「ミネラル豊富で、子どももお年寄りも飲める。人を選びません」

「むぎちゃ……知らん名じゃが、そう言うならば、きっと似とるんじゃろうな」


 老人は頷いた。


「砂漠では、駱駝と一緒に飲むのが習わしじゃ。駱駝の背を下ろしたら、まずは一口茶を与える。人も駱駝も、この茶で一息つく。……それが旅の約束事よ」


 ツユが棚からハーブを、冷凍庫から氷を取り出した。


「ではBAL流に再現しましょう。夜の一杯と昼の一杯、両方を」


 熱湯を注げば、清涼な香りの蒸気が立ちのぼる。老人は両手でカップを包み、ゆっくりと口をつけた。


「ほぅ……沁みるわ。夜の冷えを追い払う、焚き火のそばで飲む味じゃ」


 次に、冷水で割った一杯を出す。

 水面に小さな気泡が揺れ、薄い翡翠色をしている。


「これじゃ……昼に飲む味そのままじゃ」


 老人は豪快に飲み干し、目を細める。

 


「灼けつく砂を渡る時、これで喉を潤した。仲間と回し飲みしてな。――星見のオアシスでも、旅人が来たら必ず茶を出す。あれはただの飲み物じゃなく、もてなしの印なんじゃ」

「人をもてなす時、お茶はピッタリですね」


 凪斗は想像する。


(真昼の砂漠で、汗をかきながら冷たい星砂茶を飲んだら……最高に美味いだろうな。日本に持って帰ったら、新しい夏の定番になるかもしれない)


 老人は革袋を探り、小さな包みを取り出した。中には銀と金の混じった砂が光を反射してきらめいている。


「代金代わりに、星見のオアシスの通貨と、これを。『凪砂』と呼ぶ。夜に振れば光を集め、道を照らす。炒って星砂茶に浮かべると、ずっと香ばしくなる」

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


 ツユは帳面に『星砂茶・夜露ミント・星茶葉・凪砂』と書き留め、慎重に受け取った。

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