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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
第二章:様々な世界の一片

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閑話③:異世界の料理それぞれ_1


 ――夜のBALは、常連の顔ぶれが揃うことが多い。しかし、時折ふらりと見慣れない客が立ち寄ることもある。

 その晩、カウンターの隅に腰を下ろしたのは、旅装を纏った若い女性だった。

 日に焼けた肌と短く切った髪。健康的な肌に見慣れぬ模様。背中には小ぶりの帆布袋。海の匂いがほのかに漂っている。


「いらっしゃいませ」


 ツユが柔らかく声をかける。

 相手が誰であれ、店主の振る舞いは変わらない。


「……何か軽いものを。船で食べる朝飯を思い出せるようなやつがいいな」


 そう言った彼女は、どこか疲れているが、目には好奇心が光っていた。

 凪斗が思わず尋ねる。


「もしかして、船乗りの方ですか?」

「そう。私はエルダシア環海界の、南辺大陸エストラにある港町ソランダから来た船乗りさ」


 凪斗の目が輝いた。船乗りに会うのは初めてだ。しかも、女性。


「航路を渡っていたら、大時化にやられちゃってね。気がついたら、こんなところに」

「大変でしたね」


 ツユが水を出すとともに、一言声をかけた。


「あぁ。でも、おかげでやっと一息吐けそうだよ」

「それは何よりです。ところで、船に乗っている時の、定番は何でしょうか?」

「――長い船旅の朝はな、決まって『潮風青麦パン』だった」

「青麦パン……」


 凪斗は首をかしげる。

 青麦、は初めて聞いた。名前からして、真っ青な小麦の穂が目に浮かぶ。


「湿気に強い青麦を練った固いパンだ。中には『銀鱗魚の赤ルースの蜜漬け』を挟む。これがないと、一日が始まらない」

「……赤ルース、って、何ですか?」


 凪斗がそう聞くと、女性は目を丸くした。そしてすぐに笑った。


「あぁ、ここはそういうところか。赤ルースは少し大きな木の実だよ。スライスして瓶に入れておくと、じわじわと中の蜜が出てくるんだ。蜜は酸味があって、魚に合うんだ」

「へぇ。マリネみたいなものかな?」

「マリネが何かはわからないけど、酸味があると水を欲しがるから、自然と身体に水分も入る。これを食べておくと酔わないし、荒れた海を越えるのにちょうどいいんだ」


 彼女はどこか、懐かしむように笑った。


「でも、港を離れて日が経つと、どうにも恋しくなる。……ここで似たようなもん、食べられないか?」

「承知しました」


 ツユは頷き、厨房へ向かった。


「凪斗君、青麦の粉は確か、棚の奥にあります。銀鱗魚は代わりに『丸風船魚』を使いましょう。塩は軽めに振って、臭み抜きを」

「はい!」


 凪斗は青麦粉を手に取り、固めの生地を捏ね始めた。普通の小麦よりも色が青濃く、手触りがざらついている。

 水を少しずつ加えていくが、抵抗が強く粘り気があった。


「硬いですね、これ」

「ええ、保存性を重んじた粉です。焼き上がりも硬めではありますが、そのぶん噛むほどに甘みが出ますよ」

「そうなんですね。この見た目、何だか緊張します」

「はははっ。色、ですか?」


 ツユが微笑む。

 この色は、何だか慣れない。凪斗はそう思っていた。食品に青色が使われることは、かなり少ない。普段見かけないからこそ、どの世界でも同じだと思っていた。

 だが、この青麦は、パンになる。パンは主食だ、彼女の住む世界では、青色は珍しくないのかもしれない。


「はい、なんかこう、珍しいな、って」

「世界の数だけ、植物も動物も存在しているということです」

「確かに」

「私たちが死ぬまでに出会える数を考えたら、その種類はきっと無限と言っても過言ではないでしょう」


 ツユの口から出た「無限」という言葉に、凪斗は思わず笑った。にやけた、という言葉が、相応しいのかもしれない。慌てて口の端をキュッと結ぶ。


 ここに来なければ、出会えなかった物。

 ここに来なければ、出会えなかった人。

 ここに来なければ、出会えなかった世界。


 本来なら、知らないまま一生を終えていただろうものが、今、目の前に広がっている。

 そのことが、凪斗は嬉しくて仕方なかった。

 同時に、自分が今ここに存在しているという事実を、心の奥で噛み締める。


「魚に移りましょう」

「っ、あ、はい!」


 魚は小ぶりの丸風船魚を丸ごと塩で包み、火床に置く。塩が殻のように固まり、中で蒸し焼きになる。香ばしい匂いが漂いはじめた。

 やがて焼き上がった青麦パンを切り、塩殻を割って取り出した魚の身をほぐす。白身はしっとりとし、細かな半分透明の鱗が、自ら光りきらきらと光る。


「わぁ……鱗まで綺麗ですね」


 凪斗は思わず見とれた。


「これは風船ですから、少し鱗が透けています。そして何より、身が空気のように軽い。『銀鱗魚』は、その名の通り、鱗が銀色に輝きます。それもまた、綺麗ですよ」


 ツユは軽やかに答える。


「それも是非、見てみたいですね」

「そうか? じゃあ、今度ここへ来る時は、土産に持ってくるよ!」

「わっ! ありがとうございます!」


 女性の思わぬ申し出に、凪斗は笑顔で答えた。


「新たな仕入れ先の、発掘かもしれませんね」

「あ、メニューに取り入れてくれるのかい? 漁なら任せておくれよ。仕入れはいつでも大歓迎さ!」

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