第35話:氷の民の雪花氷_5
さらに、雪の上から炭酸の細かい泡を注ぎ、花蜜をほんの数滴。
口の中で『シュッ』と溶ける軽さが出る。
「これ、夏の昼に良さそうやな!」
「子どもにも人気が出るでしょう」
「甘いものの間に挟みたくなるのう」
五種を食べ終えるころには、店内の熱気が穏やかに落ちていた。
イゼリが器を置き、まっすぐにツユを見る。
「霜海原の初雪をひと匙、明日お渡しします。土に混ぜると落ち着きます。きっと、枯れることはないでしょう」
イゼリが静かに言った。
「お任せを。必ず、このお店でまた食べられるようにいたします」
作業の段取りが決まると、ツユは皆に向き直った。
「本日のまとめです。雪花氷は三本柱――『霜蜜の静けさ』『香りの雪』『バル式の層』。夏場は、日替わりで出しましょう。塩とソーダの遊びは、様子を見て。ただし、花がしっかりと咲くまでは、普段の氷で」
「賛成!」
カリンが元気よく手を挙げ、グランツは親指を立てる。モーガは「わしは全部いける」と笑い、レイファスは「季節の果実に合わせて配合を調整しましょう」と提案した。
片付けに入る前、凪斗がイゼリへ声をかけた。
「イゼリさん。霜海原の祭りで配る雪花氷、今日の『霜蜜たっぷり』が一番近いですか?」
「ええ。ただ、祭りでは大きな器で皆に配ります。大人は端から少し、子どもは真ん中を多めに。――同じ味でも、手に取る場所が違うと感じ方も違いますから」
「面白そうだ。それ、ここでもやってみたいですね」
「大皿を冷やし、皆で分ける『祭り皿』。夏の特別日にしましょう」
「ええなぁ!」
カリンが弾んだ声を上げる。
「『雪花氷の夜祭り』、それで決まりや!」
イゼリは少しだけ頬を緩めた。
「賑やかな祭りも、悪くないですね」
片付けが終わる。削り機は分解して拭き上げ、刃は薄く油を差して布で包む。器は伏せて乾かし、氷晶花の欠片は小瓶に戻した。
ツユが最後に灯りを一段落とし、カウンターに手を添える。
「今夜のバルは、よく冷えましたね」
凪斗は小さく笑った。
「はい。……不思議と、すごく落ち着きました」
「凪斗君、明日の仕込みに黒糖の軽蜜を追加しましょう。月光ベリーの酸と合わせて、昼用の軽い雪を作ります」
「了解です。お試しで柚子も少しすりおろして、香りの確認をします」
カリンがのびをして、にやりと笑う。
「うち、配達や手伝いならいつでも出るで。涼しい仕事は大歓迎や」
「がっがっはっ、お前は結局そこだな」
グランツが笑い、モーガは「若いのは元気じゃ」と肩を揺らす。レイファスは「明日、ベリーをもう少し熟したものに替えて持ってきます」と楽しそうな声で言った。
イゼリはフードを持ち上げ、軽く頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。――暑い旅の途中で、助かりました」
「またいらしてください。氷晶花が咲いたら、真っ先にお出ししますよ」
ツユの言葉に、イゼリは「楽しみにしています」と短く返す。
扉の鈴が鳴り、外気が少し流れ込む。けれど、店内はもう慌てない。雪花氷の冷たさが、まだテーブルに残っていた。
凪斗は、器を拭きながら思う。
(あのころの俺が見たら、信じないだろうな。異世界の氷を削って、皆で味を決めて……でも、今はこれが当たり前で、すごく楽しい)
胸の奥が軽い。眠る前に、もう一口、冷たいものが欲しくなるような感覚だ。
「では、締めましょう。明日は『昼の雪』『夜の雪』の二本立てで行きます。――凪斗君、配合表を一緒に作りましょう」
「はい!」
バルの夜は、静かに片付いていく。
氷晶花の欠片は、小瓶の中で透きとおったまま、ゆっくりと冷たさを保っていた。
――翌日。昼下がりのバルは、夜ほどの喧騒はないが、ふと迷い込んだ旅人や子ども連れが立ち寄っていた。
日差しは強く、風もぬるい。入口から入ってきた客たちは、思わず「涼しい……」と声をもらす。
「本日の昼の甘味は『雪花氷』です」
ツユがそう告げると、興味津々に視線が集まった。
凪斗が削り機のハンドルを回すと、器に雪が積もっていく。ふわふわの氷片は光を反射し、見ているだけで涼しさが伝わる。
ツユが花蜜シロップを細く垂らし、レイファスが持ち込んだ熟したベリーを散らす。仕上げに黒糖をほんの少し――「昼の雪」だ。
別の器には、雪を幾層にも重ね、霜蜜を吸わせた静かな一品。「夜の雪」と名付けられた皿。
「わあ……!」
子ども客の目がきらきらと輝く。スプーンですくった雪を口に入れた瞬間「つめたい!」「でもあまい!」と声を上げた。
横で母親らしき女性も笑っている。「後味がすっきりしてますね。暑さが飛びます」と、子どもと顔を見合わせて笑っている。
旅人風の男性は『夜の雪』を一口食べ、しばらく黙ってから深く息をついた。
「……落ち着く。酒でもなく、茶でもなく。これは、身体に沁みる甘さだな」
店の奥で皿を拭きながら、凪斗は内心ほっとしていた。
(昨日、みんなで試して決めた甲斐があった……)
「雪花氷は、郷の味とバルの工夫を合わせて作ったものです。昼と夜で少しずつ表情を変えますので、またお立ち寄りください」
客たちは満足そうに頷き、器はあっという間に空になった。
カウンターに戻った凪斗は、汗を拭いながらスプーンを置く。
「……ほんとに、あの雪花氷がバルの看板になるかもしれないですね」
「ええ、きっと」
ツユが頷く。
「世界の味が一つの器に重なったのですから」
夏の昼下がり、氷の冷たさと甘さが店いっぱいに広がっていた。




