第34話:氷の民の雪花氷_4
花蜜を薄めた液を霧吹きに入れ、雪へ細かく散らす。さらに、ほうじ茶蜜をひと吹き。
食べると、香りが先に来て、次に甘さ、最後に香ばしさが残る。
「ほー……ほとんど最初と同じだと思ったが、蜜を挟むと違うんだな」
「先に香りで涼む、って感じやな。感心するわ」
イゼリは雪花氷をゆっくりと味わい、ふっと息を吐いた。
「どれも、わたしたちの郷にはなかったやり方。でも、嬉しい。違う場所で、自分の故郷の味を広げてもらえるのは」
「バルの皿は、ひとつの国のものじゃありません。みんなの工夫で作る味です」
そう言って、彼は氷晶花の欠片を小瓶に収めた。
「鉢に植えましょう。店にに咲けば、また雪花氷が作れます」
イゼリは深く頭を下げる。
「ありがとう。……ここに来てよかった」
凪斗は器を片付けながら、自分の胸が少し熱いのを感じた。冷たい甘味なのに、不思議と心は温かい。
――また、子どものころの記憶がよみがえる。夏祭りで家族と並んで食べたかき氷。頭が痛くなるほど冷たくて、笑いながら少しずつ食べた。
あの時の記憶と、目の前の雪花氷が、どこかで繋がっている気がした。
「……日本の夏祭りのかき氷を、思い出します。子どものころ、両親と行った」
凪斗は小さく呟いた。
ツユが振り返り、にこやかに応じる。
「世界が違っても、冷たい甘味を欲する気持ちは同じなのでしょうね」
「なぁ、次は何にするん?」
カリンがわくわくした様子で聞いた。ツユは少し考えてから答える。
「氷があれば、次は甘味の氷菓を。もう少し工夫して、別の国の味を試しましょう」
常連たちは「楽しみだな」と口々に声を上げ、店はまた活気づいた。
氷晶花の器が一巡したあと、ツユが手を止めた。
「イゼリさん。よろしければ、霜海原の暮らしをもう少し教えていただけますか。味の出し方に、きっとヒントになります」
イゼリは頷いて、言葉を選ぶ。
「長い季節は『白』です。家々は厚い板と毛皮で囲い、窓は小さく。朝は、まず湯を沸かします。塩と乾魚と、少しの穀。昼は、凍らせた保存食を薄く割って煮ます。夜は、静か。風の音と、氷が縮む音だけ」
「保存食はどんなのがあるん?」
「『氷結魚』を削ったもの。脂が少ない小魚を干してから凍らせ、薄く剥いで使います。肉は『雪腱』と呼ぶ堅い部位を細かく刻んで煮込み。甘味は……蜂蜜は少ないので、花から採る今回の霜蜜と、牛乳より淡い『雪乳』が。それを凍らせて崩すだけの日もある」
「凍らせるのが基本なんですね。やはり、冬が多いからでしょうか」
「ええ。火は貴重なので、冷やすほうが得意。――子どもは、風が弱い日は野に出ます。薄い氷の上に粉を振って、靴底ですべって遊ぶ。帰ったら雪花氷をあげる。熱い日に食べる、一番のご褒美です」
「どこも子どもって似てるなぁ。遊んだら甘いもん」
「わしの村でもそうじゃ。雪の坂でそり遊びしたら、芋を甘く煮て食わせる」
「鍛冶場の子は、鉄板の端でパンを焼いて勝手に食っちまうぞ」
「森の子は木の実を拾いながら歩くから、帰る頃にはもう腹がふくれていますよ」
それぞれの国の違いを聞いて、皆がうんうんと頷いた。
「……バルに集まる話を聞くだけで、お腹が減りますね」
「それでは、もう一巡だけ作りましょうか」
ツユが手を叩く。
「今度は種類を試しましょう。――凪斗君、雪は細かめでお願いします」
「はい!」
まずは雪を薄く敷き、刷毛で霜蜜を面で吸わせる。薄雪、霜蜜、薄雪、霜蜜……と重ねていき、頂上に月光ベリーを一点。
一口食べると、水の甘さが先に来て、最後に果実が軽く味を起こす。
「静かな甘さやね」
「この『静かさ』が、霜海原らしさなのですね」
イゼリもゆっくり頷いた。
「はい。音が少ない土地の味です」
次は、雪苔ミルクで立てた緩いクリームをごく薄く挟み、氷樹の樹液を板状にしたジュレを重ねる。上は雪のみ。
口に含むと、舌の上でクリームが先に消え、後から雪と一緒に樹液がふるりと落ちる。
「濃いのに、重くない。まとわりつかずに、すっと食べられます」
凪斗は感心する。
「おお、まったりした甘さじゃが、喉にはひっかからん。優しいの」
モーガも笑顔になった。
イゼリが小瓶を差し出す。
「魚を凍らせるときに取れる塩気です。匂いは弱い」
「では、次はそちらで作りましょう。いわば、実験です。新しい視点は大事ですよ」
花蜜の霧と同じ要領で、ごく一吹きだけ雪にのせる。
甘さが少しだけ締まり、後味が短くなる。
「不思議と合うな。魚の塩なんだろ? 魚が甘味に合うなんてなぁ……。信じられねぇ」
グランツが驚いている。凪斗も同じ意見だった。魚は海の生き物だから、塩の味がしてもおかしくない。そこから塩が採れたとしても。しかし、その塩を甘味と合わせるなんて、意外中の意外だ。
「本当に、不思議ですね。旨味だけ集まったような……」
「塩は線引きが難しいですが、今の加減ならありですね」
ツユがメモを付ける。
まだまだ実験は続く。下に黒糖シロップを極薄くひき、雪、月光ベリー。雪。ほうじ茶霧で締める。
黒糖のコクがベリーの酸を支え、香ばしさが最後に抜けた。
「これは日本……『和』っぽい感じですね」
「さっぱりしてる。締めだな、締め」
意外にも、グランツが満足げだ。




