第33話:氷の民の雪花氷_3
それぞれがイメージを湧かせる。
「ところで。氷晶花は、どこまで保ちますか」
「箱にある分なら二夜。……でも、欠片を残せば、種になる。冷えた土に埋めれば、花がつきますよ」
「それは助かります。店によく冷える鉢を一つ用意しましょう。そうすれば、ここでもでも世話ができますね」
イゼリは肩の力を少し抜いた。
「では、今日のお題に」
「イゼリさん」
凪斗が口をはさんだ。
「霜海原って、どんなところなんですか。もし良かったら、教えてください」
イゼリは少し考え、言葉を選ぶように話し出す。
「一番長い季節が『白』。海みたいに平らな氷が続くから、霜海原と呼びます。夜は長く、空は音がするほど澄んでいる。息も声も、少しだけ白く見える。――夏は短く来ます。雪の上に、薄い水が走って、そこで花が咲く」
「ええなぁ……見てみたいわ」
カリンが頬杖をつく。
「夜風は鋭くて、星は恐ろしく近い。……耳のごく表面、でその冷たさを感じるくらいの」
「へぇ。僕たちの森の夜とは、全く異なりそうですね。森は音が多い。葉の擦れる音、獣の足音。……その代わり、冷たさは柔らかい」
「鍛冶場はうるせぇが、冬は炉の前が、そりゃあもう天国だぞ。その分、夏は地獄だがな」
「わしの村は、雪が来たら芋を煮る。甘い蜜を少しかけて、長く持たせる。寒い夜は、それだけで幸せじゃ」
凪斗は雪花氷をもう一口。口の中で音もなく消える冷たさに、夏祭りにさらにかき氷を重ねる。
紙の提灯の明かり、かき氷機のガリガリという音、シロップの赤や青。
けれど、今舌に残っているのは霜の味。同じ『冷たい甘味』でも、世界が違えば、求める落ち着き方も違うのだ、と妙に納得した。
「――もう一案、やってみましょうか」
ツユが器を置いた。
「『香りの雪』。花蜜を霧にして、削りながら雪へまぶす。香りが最初に来て、甘さはあとから。いかがでしょう?」
「それ、絶対好きやわ。食べる前から自信ある」
「蜜の霧なら、僕が」
「香ばし担当は俺たちだな。な、モーガ」
「任された」
霧吹きに薄めた花蜜を入れ、削る雪へ細かく散らす。霧が雪に触れた瞬間、甘さの気配だけが残り、液体は見えないまま消える。上から極少量のほうじ茶蜜を霧。
一口目で香り、二口目で甘さ、三口目で香ばしさがやってくるように。
順番が決まると、不思議と食べる手が早くなる。
その食べ進める速さを見て、ツユは満足げに手を叩いた。
「では――『三種』でいきましょう。故郷の味、バル式、香りの雪。日に合わせて配合を変えます」
その時、削り機の軸がごり、と鳴って回転がわずかに落ちた。
「おっと」
凪斗が身を乗り出す。
「軸に結露の氷が……ちょっと待ってください」
「危ないですね、止めましょう」
ツユがゼンマイを緩める。
凪斗は布で軸を拭い、摩擦の強い部分に薄く油を差した。支え板をほんの髪一枚分だけずらす。指先の感覚で微調整するのも、嫌いじゃない。
「……よし、回してみてください」
ゼンマイが静かに回り、刃が『すう』と通る。生まれる雪は、さっきよりさらに薄かった。
「流石やなぁ、ナギト」
「なかなかやるじゃねぇか」
「凪斗君は、こういう時の手が早いですね。本当に助かります」
「は、はい!」
褒められるのは、。まんざらでもない。凪斗は顔を赤くして、照れ隠しに頬を指でかいた。
笑いが生まれ、冷気が心地よく店に行き渡る。
外は相変わらず暑い夜だが、バルの空気は一段落ち着いていた。
イゼリは木箱のふたを閉じる前に、欠片を二枚、ツユへ差し出した。
「ここに種を残してください。――世界の中心でまた、私の郷の雪が降るように」
ツユは丁寧に受け取り、深く頭を下げた。
「ええ、必ず」
カリンが手を打つ。
「ほな次、味変の『しょっぱい』も試してみよか。塩レモンとか!」
「塩は試す価値がありますね。甘さの調整にもよさそうです」
レイファスが頷く。
「塩……。うん、霜海原の塩は鋭いんです。けれど、少しなら、きっと」
「任しとき。うちの赤砂塩、ちょい足しで」
カリンが小壺を取り出す。
――と、ここでツユが手を上げた。
「少しだけ待ってください。順番を整えましょう。まず純粋な霜蜜、それから次に塩のキレ、最後に香りの雪。舌の疲れが最小で済みます」
「了解!」
「塩は、ほんの少しでいいですよ。尖りすぎると氷の良さが消えてしまいますから」
器を冷やし、雪を敷き、霜蜜を吸わせ、塩をほんの、ほんの二粒。
いざ、口に入れる。甘さが手前で締まり、雪解け水だけが身体に落ちる。甘さがきゅっと引き締まり、すっきりとした後味だ。二口目で香り。三口目で完全に暑さが消えた。
「……これは、ありだな。俺は好きです、この味」
思わず声が出る。
「ほんまや! ただ甘いだけやなくて、余韻が残らへん」
「霜海原の塩は強いけれど、ここの塩は柔らかい。悪くないわ」
イゼリが目を細める。
「――私、今夜はぐっすりと眠れそう」
「それは何よりです」
ツユが目を細めて笑い、凪斗は胸のどこかが軽くなるのを感じた。
カリンがスプーンを置いて、ふと思い出したように顔を上げた。
「なあ、イゼリさん。霜海原の夏祭りって、どんなんなん? 短くても夏があるなら、珍しいし祭りの一つあってもおかしくないやろ?」
イゼリは少し考え、短く答えた。
「静かですよ。風の音と、氷が鳴る音。……雪花氷を配る音」
氷晶花を削る音が、カウンターに心地よく響いていた。
器に積まれていく雪はふわりと軽く、触れれば指先で溶けてしまうほどだ。
「満喫中! って感じやなぁ。ほな、次は香りの雪……やったっけ?」
「そうですカリンさん」




