第32話:氷の民の雪花氷_2
「香ばしさ足すとええバランスやん。食感も楽しなるで!」
「では、仕上げに星苔の花粉をひと振りして、光のニュアンスを足すのはどうでしょう?」
レイファスが小瓶を指で示す。
「いいねぇ!」
と、カリンが笑顔で小瓶を取った。
乗り気の常連客立ちに、ツユは段取りを整理した。
「まずは、イゼリさんの故郷の味に近い一杯を、次にバル式で一杯。――イゼリさん、最初の一口はあなたが召し上がってください」
削り慣れてくると、氷がいっそう細くなった気がした。淡々と器に積む。崩れないうちに、花蜜を薄くとかした琥珀の糸を細く回しかける。月光ベリーの赤が点のように落ち、金砂ピスタが小さくととと、と鳴った。最後に星苔の粉がきらりと光る。
イゼリは両手で器を抱いた。頬に冷気が触れ、まつ毛に白い息が乗る。
――一口、そっと口へ。彼女の瞳が僅かに見開かれ、すぐに和らいだ。
「……まるで、故郷にいるみたい」
イゼリの声は小さい。それに、ほんの少しだけ震えているようだった。
「雪の朝の匂い。胸の奥が、やっと冷える」
グランツが待ちきれずにスプーンを刺した。
「うおっ……冷たいのに軽ぇ! すぐ底についちまう!」
「酸がええ仕事しとるわ。花蜜の甘さが尖らんな。好きな組み合わせで食べられるんもええ」
「香りも綺麗ですね。口の中で邪魔をしないですし。独特な冷たさのおかげでしょうか」
「年寄りの歯でもいけるわい。しゅるっと後残りなく溶けていくのう」
大絶賛だ。どんなものか、と、凪斗も口に含む。
冷気が舌を覆い、その後に甘さ。酸が後ろから軽く押して、舌に何も重さを残さない。ひんやりした空気が肺まで降りていく感じがする。それなのに、痛くも苦しくない。
「……旨い。暑さが取れてく」
「では次、バル式に変化を。一皿の中で、層を作りましょう。下にベリー、真ん中は花蜜、上に氷樹の樹液で薄いジュレを一層」
「え、ジュレを使うんですか?」
「イゼリさんの郷は凍るが得意でしょう。こちらでは固める技術で似た口当たりを作ります」
ツユは手早く樹液を火にかけ、ごく少量の凝固材を溶き、金属皿に薄く流す。冷却石の上で一気に冷やし、板状に。指で持ち上げると、ふるりと震える透明。
下層には月光ベリーを敷き、氷の雪を重ね、花蜜を一筋、ピスタを散らす。上に薄い樹液の板をのせ、さらに雪を積む。最後にほうじ茶蜜――先ほど作って瓶詰めにしておいた紅茶の花蜜割り――を、ごく薄く霧のように吹いた。
「ほうじ茶? それって、この間飲んだお茶だよな? 甘味に使うのか?」
グランツが眉を上げる。
「香ばしさを香りづけにだけ使います。味は主役を邪魔しない程度に」
器が配られる。スプーンで上からすっとすくうと、雪と薄いジュレが同時に崩れ、舌でふわりとほどけた。甘さの後ろに、ごく微かな香ばしさ。ピスタの粒がかりっと音を立てる。
「……これは反則や……手ぇが止まらん」
「香りの層が増えたのに、全く重たくならない。それに、味も香りも、舌触りも違う。……いいですね」
「ほうじ茶、意外といい仕事してるじゃねぇか! 酒のあとにもいけるな」
「グランツよ、たまには甘味だけで落ち着いたらどうじゃ?」
「酒はやめられねぇ!」
わいわいと皆が食べ進める中、イゼリは一口分含むと、少し驚いた顔でスプーンを止めた。
「こんな食べ方は初めて。でも……嬉しい。郷ではきっと、できない味だわ」
「『郷のまま』と『交差点の味』、この店ではどちらも並べて出せます。日替わりでも良いでしょう」
凪斗は器の底を覗き込みながら、胸が少し熱くなっていた。
ふわふわの雪、花蜜の甘さ、ほうじ茶の香り。――日本の夏祭りの屋台が、頭の隅でちらりと浮かぶ。氷機の音、紙の団扇、綿あめ、焼きそば。ざわめきと熱気の中、ジリジリを汗をかきながら、並んで食べた、あの冷たさ。
「凪斗君」
ツユが視線だけこちらへ寄越す。
「機械、もう少し滑らかに回るよう改良できますか?」
「え? あ、あぁ、はい。刃の支えに薄い板を……」
「これ、行列できるんちゃう? 氷の日作ろうや!」
「いいんじゃねぇか? きっと名物になるぞ」
イゼリは静かに器を置くと、木箱からもう一枚、氷晶花を取り出した。
「もし、よければ。――私たちの霜蜜も、少しだけ」
小瓶の口を開けると、ひどく淡い、ほとんど匂いのない甘さがふわっと立ち上がった。水の気配に、ほんの少しの花。
ツユは目を細め「これは……」と興味を見せる。
「水の質がとてもよい。香りが邪魔をしませんね。重ね方を変えましょう」
「どう変えるんや?」
「雪の層をもっと薄く細かく。霜蜜は面で触れさせます。上からかけるのではなく、雪へ軽く吸わせる。――凪斗君、削りを一番薄く」
「はい!」
刃の角度をさらに寝かせ、ほとんど羽の粉のような雪を作る。薄い雪を一面に広げ、刷毛で霜蜜をそっとなでる。雪が音もなくそれを飲む。上にまた雪。層を重ね、最後に月光ベリーを一点、星苔の粉を一振り。
試しに一口運ぶ。
冷気のあとに、水の甘さだけが残る。ほとんど味がないのに、喉が「美味い」と理解した。消えてなくなるのど越しと、胸の奥に浸みていく甘みに、身体が静かに落ち着いていく。
イゼリが目を細め、まっすぐにツユを見た。
「……これです」
「『霜の味』ですね」
しばし、誰も言葉を挟まなかった。
――暑い夜の店内で、器の中だけ、真冬の朝の匂いがした。
やがてグランツが肩を回す。
「よし、わかった。これは『酒のあとに必須』だ」
「結局そこかいな」
「年寄りとおこちゃまの夜食にもええじゃろ」
「祭の締めにも合うんじゃないかな」




