閑話②:新メニュー開発_4
凪斗はどこか誇らしげに言った。このバルでは、いわゆる日本の白米は使っていない。それに準じた穀物だ。だから、リゾットやピラフと言っても、使うのは白米ではない。それに、炊いてそのまま食べることはなく、いつも何かと混ぜるのが基本になっている。
次に取り出したのは新鮮な魚。塩を振り、炭火の上に置くと、じゅうっと音を立てて脂が滴った。煙とともに香ばしい匂いが立ち上り、店内に一気に広がる。
「おおっ……!」
グランツが目を輝かせる。
「この香り、腹に直撃するな!」
「皮が弾けて光ってる。美しいですね」
レイファスも気になる野か、身を乗り出すように凪斗を見ていた。
続いて玉子焼き。溶き卵に出汁と砂糖、ほんの少し醤油を混ぜ、小さな四角い鍋に流し入れる。手際よく巻き上げるたびに、ぷるんと弾力を持った層が重なっていく。
「ほぉ、卵を焼いて巻くんか。面白いのう」
モーガが興味津々に見守る。
「ちゃんと甘くしましたからね。楽しみにしていてください」
味噌汁の鍋からは、ふわりと大豆の発酵した香りが漂った。湯気に混じるその匂いは、森の土を思わせるようでいて、同時に身体を芯から温めるような包容力がある。
「……なんやこれ、汁やのに香りがめっちゃ濃い! 豆って言ってたやんな?」
カリンが目を丸くする。
「発酵した大豆を使った調味料なんです。日本……俺の住んでいる場所の食卓では定番で」
「凪斗君、漬物はこれでもよろしいですか?」
「べったら! 好きです、ありがとうございます!」
「いえ。では、横に添えておきましょう」
最後に皿へと並べる。
炊きたての白飯。
こんがり焼けた魚。
黄金色に輝く卵焼き。
湯気を立てる味噌汁。
そして、彩りを添える漬物。
「これが……定食です」
一同はしばし言葉を失った。見た目は豪華さに欠ける。だが、漂う香りは素朴でありながら、どこか心を満たす力があった。
「……彩りは地味だな」
グランツが率直に思ったことを口にする。
「けど、全体的に香りがええわ」
カリンがすぐに言い足す。
「腹の奥から食べたなる匂いや。ちゃうか?」
まず魚を口にしたレイファスが、目を大きく見開いた。
「皮は香ばしく、中はふっくら……塩だけなのに、こんなに旨いのか」
続いて、玉子焼きを食べたモーガは頷いた。
「柔らかい……それに、言ったとおりの甘みもある。これは年寄りにも優しいぞ。あぁ、旨い」
グランツは漬物をぼりりと噛み砕き、驚いたように声を上げた。
「甘いな!? いやでも、この本体は絡みもあって、この米に合うじゃねぇか。匂いはちと個性的だが……肉の後でも口直しに最高だな!」
「これが味噌汁……」
カリンはレンゲを持ち上げ、湯気を吹きかけてから口に含む。
「……あっつい! けど、なんや……塩味トコクが身体に染み渡る……!」
凪斗は少し照れながら答える。
「日本じゃ、これが日常なんです。朝や昼に食べる普通のご飯。最近は、めっきり少なくなっちゃいましたけど。でも、どんな料理とも並べられるんです。親しみやすくて、定番で、代表」
ツユがハッとした顔で頷いた。
「なるほど。各国の料理を小鉢にして、この定食に添えれば……ひとつの盆に世界が並ぶわけですね」
「おぉ、それええやん!」とカリンが手を叩くと「酒のつまみも添えられるな!」とグランツが笑った。
「甘味も小鉢にすれば締めに合うわい」なんて、モーガがにかっと笑い「森の果実も彩りを添えられますね」とレイファスが頷いた。
テーブルに広がる笑い声を聞きながら、凪斗は胸の奥に温かいものを感じていた。
――色んな世界を、ひとつの盆に乗せるのも悪くない。
ひとしきり定食を味わったあと、ツユがふと思い立ったように手を打った。
「……凪斗君の定食を見ていて、思いつきました。飲み物もひとつ添えてみましょう」
奥から持ち出してきたのは、茶色い茶葉の入った壺だった。
「これは『焙煎茶』。香ばしさを出すために火で炒った茶葉です。凪斗君の住む日本では『ほうじ茶』と呼ばれていますね」
急須に茶葉を入れ、湯を注ぐと、香ばしい香りがふわりと立ちのぼった。青々とした茶ではなく、落ち着いた茶褐色の湯気。定食の素朴な香りにしっとりと寄り添う。
まずグランツが試した。
「……お? 酒じゃねぇのに、香ばしい。焼いた肉の後に悪くねぇな!」
「ほんまや。さっぱりするのに、香りはしっかりしてる」
カリンもその味に頷く。
「口の中を洗うようでいて、残る香ばしさが料理と響き合うみたいですね」と、レイファスが分析しているのを横目に、モーガは満足げに茶碗を置いた。
「はぁ、渋みが少なくて飲みやすいのう」
凪斗も口に含む。ほっと体が緩む。ご飯や味噌汁と一緒に飲んできた馴染みの味が、異世界の料理の真ん中にもしっくりと溶け込んでいく。
「……定食に合わせるなら、これが一番ですね」
ツユがにっこりと微笑んだ。
「折角ですから、バルの新しい飲み物に加えましょう」
料理も飲み物も、それぞれに個性があった。看板にする一品をひとつ選ぶには惜しい。
「どれも魅力的やなぁ……」カリンが頭をかくと「迷うくらいなら、全部少しずつ出せばいいのではないでしょうか」とレイファスが提案する。
「なるほどな。日ごとに変えても面白ぇじゃねぇか」とグランツが笑い「甘味は締めで欠かせんしの」と言ってモーガも頷いた。
ツユはまとめるように言った。
「では、それぞれの世界の味を、少しずつ試してみましょう。定番はこれから育てればいいのです」
凪斗は思わず笑みをこぼした。
――こうしてバルはまた、新しい一歩を踏み出しだ。




