閑話②:新メニュー開発_1
――ある日のバルの営業が終わった夜。
まだ炭火の残り香が漂う店内で、ツユがカウンターの奥から姿を現した。薄い湯気が立ちのぼるポットを手にしていて、常連たちの前に温かな茶を一人ひとりに注いでいく。
「さて……皆さん」
柔らかな声に、自然と場が落ち着いた。
「そろそろ、バルの『顔』になるような一品を考えるべき時かもしれません」
「新しいメニューの開発、っちゅうことやな?」
カリンが椅子に浅く腰掛け、にやりと笑う。まるで、今から何が起こるかワクワクしている子どものような顔だ。
「ええやん! 冒険から帰ってきて、食うもんがいつも同じやと、どんなに美味しくてもそのうち飽きてまうしな」
「仰る通りですね。祭の席でも同じです」
カリンの話を聞いたレイファスが頷く。
「必ず象徴になる料理があって、それがあるから人が集まるんです。この料理は変わりませんが、それでも、参加する人が変わっても、作り手によっても少しばかり左右されますから」
「おお、なるぼど。つまり『バル《クロスロード》といえばこれ!』って料理が必要なんだな」
グランツが、お茶の熱さに顔をしかめながら、それでもガハハと笑って答えた。
「だったら俺は文句なしに肉と酒を推すぜ! いかにもメインって感じだろ? インパクトも出やすいし、味もしっかりしてるからな」
「待て待て。酒に合うもんばっかりじゃ、いつまでも腹が持たんぞ」
あまり納得のいっていないようで、モーガが渋い声を出す。
「甘味も忘れたらいかん」
「なんだよ、結局は甘いもんじゃねぇか」
「当たり前じゃ」
「いつもと変わんねぇだろ」
「肉と酒も変わらんじゃろ?」
わいわいと賑やかな声が飛び交うのを、ツユは微笑んで見守った。
「――ではこうしましょう。次の集まりで、それぞれ『自分がバルに推したい一品』を持ち寄るのです。実際に食べ比べて、皆で意見を出しましょう」
その提案に場が沸いた。
「おもろいやん!」
カリンが手を叩く。
「せやったら、ウチは砂漠で見つけた香草使うやつにするわ! あれなら、きっといい感じのメニューになんで!」
「それじゃあ、僕は森の花蜜を使った一品を考えよう」
レイファスは静かに微笑む。自信はありそうだ。
「酒が進むもん以外思いつかんが……まあいい。持ってきてやるよ」
グランツが笑う。
「わしは甘味を出すぞ。年寄りでも安心して食えるもんじゃ。勿論、ちぃこいおこちゃまもな」
モーガもゆったり頷いた。
「バルの、顔……」
凪斗は少し考えてから、ツユに向けて口を開いた。
「じゃあ……俺も、ひとつ考えてみます」
「そうこなくては。楽しみにしていますよ、凪斗君」
ツユが柔らかく微笑む。
「あなたならきっと、面白い提案をしてくれるでしょう」
――こうして、バル《クロスロード》初の「持ち寄り新メニュー会議」が決まった。
新メニュー会議当日、営業が終わったバルは、普段よりも少し静かだった。
テーブルの上には片付けを終えたグラスがきちんと並び、まだ燻った炭の香りがほんのりと漂っている。その中で、ツユが奥から木のトレイを抱えて現れた。
「さて、皆さん本日は新メニュー会議です。……今宵はひとつ、遊び心を持ってみませんか?」
柔らかな声に、自然と全員の視線が集まる。
トレイの上には、丸みを帯びた果実のようなものがいくつか置かれていた。木の実にしては大きいし、皮に見える外側は、何だかは堅そうに見える。
「まずは私から一品。これは『樹なりチーズ』の実です」
ツユは果実のひとつにナイフを入れた。ぱかり、と外皮が割れると、中から白い柔らかな塊が顔を出す。ふわりと乳の香りが漂い、皆の鼻をくすぐった。
「うわ、この匂い、チーズやんか!」
カリンが目を丸くする。
「ええ、樹になるんですよ。中心の種も食べられます。香ばしい味がして、薄く切って添えるとまた面白いんです」
ツユは中身の白いチーズの塊を取り分け、カウンター奥で小鍋を火にかけた。そこには琥珀色の液体が入っている。ほのかにオレンジがかって、甘い香りが立ちのぼっていた。
「これは『夜光花』の蜜です。温めると、こうやって緩やかに光を放つんですよ」
鍋の中で蜜がとろりと揺れ、ほの白い光を帯びる。ツユは小さなスプーンですくい、切り分けたチーズの上にとろりとかけた。
その瞬間、蜜がきらりと光を放った。まるで宵闇の中で星が瞬いたように、短い光がチーズの表面を走る。
「……これは!」
一同から小さな歓声が上がった。
「『樹なりチーズの夜光花の蜜がけ』です。どうぞ」
ツユが卓に皿を並べると、ほんのり炙られた香ばしさが広がった。ナイフを入れると、柔らかいチーズがすっと切れ、種のスライスがカリリと音を立てる。
まずカリンがぱくりと口に入れる。
「……ん⁉ チーズは思いのほか優しい味やけど、この蜜が……爽やかで甘い! しかも光るって、めっちゃ楽しい!」
レイファスは静かに頷きながら味わう。彼も気に入ったようだ。
「チーズと果実の相性は森でも珍しくありませんが、この光の演出は祭を思わせますね。それに、味の変わり方もいい」
グランツは、豪快に力強く噛みしめて笑った。一緒に、種のスライスも放り込んでいる。
「実もいいが、種がいい歯ごたえだ! しっかり油もつまっていやがる。 酒が欲しくなるな!」
モーガは「やっぱり」とでも言いたげな顔で、グランツを見ていた。だがすぐに視線をチーズに戻し、次にツユを見た。
「うむ。甘すぎず、後口がすっきりしておる。蜜をかけんでも、くどくないからいくつでも放り込めそうじゃ。これは年寄りでも食べやすいわい」




