第25話:獣人族の狩猟肉炭火焼き_5
次々と飛び出す香草や塩の名前に、凪斗はただ頷くばかりだった。コンビニ弁当で済ませていた自分の食生活を思えば、同じ肉がこうも表情を変えることに衝撃を受ける。
「……塩や草ひとつで、付け合わせまで変わって見えるんですね。もしかしたら、脇役なんじゃなくて、同じ主役なのかもしれない」
凪斗がぽつりと漏らす。
「ええ、その通りです凪斗君」
ツユが空いた皿を下げながら、静かに頷いた。
「たとえば、雪苔芋と合わせれば甘さが引き立ちますし、黒鉄麦のパンに乗せれば香ばしさが際立ちます。同じ料理でも、塩と草で寄り添うものが変わるのです」
「なるほどなぁ」
カリンが腕を組む。
「うちの香草飯も、草と肉を変えたら、全然別もんになるかもしれへんな」
「森の花酢もそうだ。甘い肉には酸味を強く、塩を加えれば淡く。思い出す景色も違う」
「肉は土台だ。塩や草でその土地らしさが立ち上がるんだ。だから毎日でも食いてぇ」
「わしら年寄りにゃ、草や甘味があると食い疲れん。間に挟んだり、そっと添えたり。ええ知恵じゃよ」
カリンを筆頭に、レイファスも静かに同調し、グランツとモーガは笑っていた。
異世界の名も知らぬ調味料や香草が、次々にテーブルに置かれた気がした。丸で目の前にあるかのように、そのものを想像できる。
凪斗は思わず笑ってしまう。
「……世界って、何を添えるかひとつで、こんなに広がるんですね」
言葉にすると、不思議と皆が嬉しそうに笑った。
卓の上の皿が次々に空になっていくころ、凪斗は箸を置いて小さく息をついた。胃袋はほどよく満たされているのに、不思議とまだ食べられる気がする。塩と香草で形を変えた肉の記憶が、余韻のように舌に残っていたからだ。
――こんなふうに、一口ごとに違いを感じながら食べたことなんて、あっただろうか。
いつだって思い出すのは、会社員だったろの昼休み。テーブルの上に広げたコンビニ弁当、マウスの隣に置いたペットボトル。パソコンの画面を見ながら、手を動かすついでに口へ放り込むだけ。味を楽しむ余裕なんてなく、満腹になればそれで終わり。弁当を片付けて、また画面に向かう。あのとき食べた肉や魚の味を、今ひとつでも思い出せと言われたら、きっと何も出てこない。
今はどうだ。肩肉は噛むほどに力強く、尾のつけ根は甘くて優しい。塩を振れば輪郭が際立ち、香草をのせれば森の風が吹き抜ける。みんなの言葉が一口ごとに色を与え、食べるたびに景色まで浮かんでくる。食べ物にこれほどの厚みがあるなんて、自分はまるで知らなかった。
知る機会もなかったのだから、仕方がないのかもしれない。だが、そこには知ろうともしなかった自分がいて、何だか無性に申し訳ない気持ちになった。
「凪斗君」
「あっ、はい!」
呼びかけに顔を上げると、ツユが穏やかに微笑んでいた。
「気付いたでしょう。料理はただ腹を満たすものではありません。食べ方ひとつ、添えるものひとつで、思い出す景色が変わる。食は記憶と結びつき、文化を映す鏡なのです」
「……はい」
凪斗は素直に頷いた。
「確かにそうですね。何度でも思い出しますし、考えちゃいます。俺、本当に今までただ流し込むだけで……」
「それでも生きては来られたでしょう」
ツユの声は柔らかい。
「ですが、ここではそれだけでは終わりません。荒々しい獣の肉も、繊細な森の果実も、全てがひとつの食卓に並ぶ。バルとは、そういう場所です。食の違いを受け止め、互いに学び合う場。それが本の一口でも、提供される場所」
言葉の端に、年長者の確かな経験と優しさが滲んでいた。それを聞いて、皆皿をジッと見つめた。この皿の上は、間違いなくご馳走が載っていた。それを噛み締めるように、そこからは無言で食べ進めていた。
「……どうだ、旨かったか?」
低い声が響いた。ラグナルだ。いつの間にか皿を空にして腕を組み、じっとこちらを見ている。
「えぇ、とっても。こんなに美味しいお肉を食べられるなんて、思ってもいませんでした」
凪斗は心の底からそう答えた。ラづなるに対する賞賛も含めている。
「……そうか。また肉を持ってこよう。今度はもっと大きな獲物だ」
ラグナルが立ち上がり、重い足音を響かせて扉へ向かう。その背中を見送ると、店内には再び炭火の残り香だけが漂った。
「ごちそうさまでした。本当に、美味しかった」
凪斗が小さく呟くと、ツユが「ええ」と微笑む。
片付けを手伝いながら、凪斗はふと視線を落とした。皿の端に残った僅かな肉汁。スプーンですくって白飯にかけたらどんなに旨いだろうか、と想像して笑みが漏れる。
会社員のころは食べた気もしなかった食事が、今はこんなにも心に残る。目の前で語られる世界の食材、誰かと共に噛む時間、その全部が胸を温めてくれる。
「……世界中の味、食べられるだけ、食べてみたいな。そのために、俺はここにいるんだから」
誰に聞かれることもなく漏れた言葉は、湯気のように天井へ溶けていった。
だがその実感は、確かに凪斗の中で灯り続けていた。




