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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
第二章:様々な世界の一片

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第17話:水の都の浮き魚の冷製スープ_2


 カリンが、追加の土産を取り出した。青い皮の柑果と、細い茎の薬味。


「『水柑すいかん』と『流れながれねぎ』。どっちも香りが個性的なんやけど、不思議なことにめっちゃ軽いんやで」

「素晴らしい。水柑は皮だけ少し削り、流れ葱は糸にしましょう。飾りではなく、浮き魚の気嚢の香りを邪魔しない程度に使います」


 仕込みはどんどん進む。置いていかれないように、頭で考えながら、同時に手も動かす。

 凪斗は器へ、まずスープを少量。次いで薄く削いだ浮き魚をそっと滑らせる。――本当に、沈まない。白い身が、水面にふわ、と載る。角度によっては、宙に浮いているようにも見えた。


「すご……」

「浮き魚の名の通り、ですね。浮いてくれるなら、こちらはそれを彩るための景色を整えればいい。浮かぶ身の影が、器の底に落ちるのもまた絵になります」


 流れ葱を二、三本。水柑の皮を爪先で小さく削って、匂いを一瞬だけ通す。

 最後に、壺の口から小さなスプーンで浮き水をほんの一滴、中心に落とす。すると、ふんわりと輪が広がり、身が僅かに揺れた。


「冷やし込みに入ります。ここから十五分は触らない。器は氷石の上で休ませて、お客様の席も涼しく」

「席の涼しさまで料理、ですね」

「ええ。風もここではご馳走の一部ですから」


 待ち時間、カリンが街の話を始めた。


「橋がな、数えきれんくらいあるんよ。船はバスみたいに走ってて、信号の代わりに鐘が鳴んねん。市場は朝イチがやっぱり綺麗やな。魚を浮かしたまま売る桶がずらっと並んで、子どもがどの浮き方が一番綺麗かで値切るんや」

「浮き方にも、良し悪しがあるんですね」

「あるで。真ん中で静かに浮くんが上等。端っこでぴょこぴょこしてるんは、気ぃが逃げとる言うて安い。おもろいやろ」

「へぇ、そんな見方が……」


 凪斗は笑い、メモ帳に小さく書き留めた。『真ん中で静かに浮く魚は上等。端っこは元気があっても安い』。料理の説明に使えそうだと思った。


「ところで、この浮き魚の皮……料理に使えますか?」

「えぇ。もちろん使えますよ」


 ツユは嬉しそうに頷く。


「薄く剝いて、軽く炙って浮き皮の炙りに。香ばしさが皿に載ります。つまりは、香りを足す橋渡し役です。浮いて見えるのは身だけで十分。皮は縁で仕事をしましょう」

「縁? メインとして載せられそうなのに?」

「器の縁に、ほんの少し。香りは口に入る前に半分決まるので。今日の主役はあくまでも身、です」


 炙った皮は温いまま、細かく刻んで香り塩と和え、器の縁へ、見えるか見えないかの量で置く。客が器を手に取ったときだけ、その香りが鼻先をかすめる仕掛けだ。


「おいおい、そこまで作っておいて、酒はどうなってるんだ?」


 と、いつの間にか近くに来ていたグランツが身を乗り出す。


「そうですね……主張の強過ぎない白。あるいは、麦の軽い泡ですね。黒曜石ビールは今回は出番がないかもしれません」

「ふん、たまには休ませろってことか。じゃ、白い泡の軽やかなやつを冷やしとこう」


 知らないうちに、レイファスも扉の近くに立っていた。森の青年は、相変わらず涼しい笑みで一礼する。


「水の都の話、懐かしい。風が路地を抜ける音まで思い出すよ」

「ほな、食べたらもっと思い出すで」


 そう言って、自信あり気にカリンが胸を張る。


「楽しみにしています」


 氷石の上で器が充分に冷えたころ、スープは落ち着きを取り戻し、浮き魚の身は最初よりも白く、薄い光を帯びて見えた。


「よし。――ここまでが仕込みの終わりです」


 ツユは穏やかに手を叩いた。


「この先は席の風を見てから。注ぐ量と位置で浮き方が変わります。凪斗君、サンプルを二つ用意して、風の通り道に置きましょう。浮き方が崩れないか、十分だけ観察です」


「風まで見るの、おもろいなぁ」


 と、カリンが言った。

 凪斗は器を運び、店内の路地側と奥側、それぞれに置いた。路地側は、扉のすき間から入る風で表面がわずかに揺れ、身が端へ寄ろうとする。奥側は静かに中心を保った。


「……本番は、奥寄りの席が良いと思います。どうでしょう?」

「流石凪斗君。賛成です」


 ツユは頷く。


「水の都の一皿は、静けさが衣装ですから」


 小さな鐘が一度だけ鳴った。夜の客が、ぽつぽつ集まり始める。グラスの音が遠くで重なり、店の温度が少しだけ上がる気がした。

 冷やして待たせた器に、最後の水柑の香りを一筆。

 浮き魚は、まるで街の橋の上に休む旅人のように、静かに水面に留まっている。


 その様子を見て、凪斗はほぅ、っと息を吐いた。浮き魚が、まるでまだ命を保っているように見えた。ツユの所作も相まって、一つの芸術作品のように見える。……食べるのは勿体無い。


 氷石で冷やし込んだ碗を、ツユが両手で持ち上げた。

 完成した椀。透明な出汁の上に、薄く削いだ浮き魚の身がふわりと浮かぶ。白い影が水面に柔らかな影を落とし、流れ葱の糸が寄り添う。水柑の皮が針の先ほど散らされ、碗の縁には炙った皮が極少量だけ。見ただけで涼しい――そう思わせる皿だった。

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