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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第一章:始まりの味

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第14話:砂漠の民の干し肉ピラフ_4


 グランツが頷く。

「鍛冶場帰りにもいいな。火の後は、こういう息継ぎがいる」


「それと、鍋底」

 ツユが木べらで鍋の底を軽く押す。きつね色の薄い層ができている。時々、真っ黒もあった。

「ここは取り合いになります。香ばしさが強いので、辛さが好きな方に向きます」

「鍋底は任せろ!」

 とグランツが手を挙げ、客席から笑いが起きる。


 底にあるのは、所謂おこげだ。凪斗は気付いた。慣れない人には、見た目のハードルが高いかもしれない。だが、ときにはカリカリと、ときにはねっとりと、穀の別の顔を見せてくれる。目の前にあるのに、これを食べすに終えるのはもったいない。


 凪斗も少しだけ鍋底をもらう。

 ぱりっと薄い音。噛むと香りが強く、辛みが早い。そこへ乾果を一粒。香ばしさの後ろから甘さが追いかけ、ふっと表情が変わる。もう少し噛むと、今度はねっとりと舌に香ばしさがまとわりつく。触感も味も、何度でも楽しめた。

「……これ、一皿の中にいくつも終わりがある」

「はい」

 ツユが目を細める。

「終わりが選べると、次の一口がまた楽しみになります」


「さっきの塩の湯を、少しだけ使ってみましょう」

 ツユが小さな片手鍋に塩の湯を注ぎ、香草を一枚と、砕いた黒い粒を少し入れる。火にかけると、匂いが立った。

「もしかして、スープですか?」

「ええ。砂漠の人が夜に飲む戻し湯に近いものです。……それから」

 ツユは薄い餅のような乾いた生地を取り出した。

「旅の人が使う携帯の生地です。ピラフを少し包み、仕上げに香草オイルを点。残っても、明日の朝にも食べられます」


 途中の見た目は餃子に似ている。出来上がりも、やっぱり餃子に似ていた。もしくは、薄っぺらいピロシキか。

「歩きながら食べられる形、ですね」

「そうです。砂の上で止まれない日もあります。食べ方を動くための形にする。食べ物は形で働き方が変わるんですよ」


 『無駄にしない』が次々と形になっていく。

 干し肉を戻した水はスープに。鍋底は香ばしさのご褒美に。ピラフは包んで朝の糧に。

 凪斗は、ただ感心して頷くしかなかった。会社の夜、紙コップのカップ麺を流し込んでいた自分と、同じ食事という言葉を使っていいのか迷うくらいだ。



「凪斗君。今度は香りで始める一口を作ってみましょう」

 ツユがスプーンを渡す。「いいですか。穀を少なめ、干し肉を少し。乾いた葉を指で揉んで、粉にして上から。……はい、どうぞ」

 見様見真似で包んで一口。表が乾いていて、中は温かい。噛み始めが軽いので、干し肉の固さが気にならない。

 香りが先に来る。味は遅い。遅れて来た塩が穀の甘さで丸くなり、辛みはさらに後ろ。

「始まりが静かだ」

「そう。静かに入ると、最後に辛みを少し強くしても疲れません。……今度は逆。辛みで始めて甘みで終わる一口を」


 赤い粉をやや多めに、乾果を一粒、木の実を少し。

 辛みで始まり、噛むうちに甘みが追いかけ、木の実の油で落ち着く。

「全然違う……」

「順番は、立派な道具です」

 ツユの言葉が、きちんと体で理解できた気がした。


「ここで茶もどうぞ」

 レイファスの不在を埋めるように、バルの茶をツユが淹れる。土色の香りのする、ほんのり甘くて香ばしいお茶。

「辛みの後に茶を少し。油が落ち、香りだけ残る。……夜が長い砂漠の歩き方に近づきます」


 茶を一口。呼吸が深くなる。

「どこまでも、歩けそうです」

「ええ。食べることは、歩く準備ですから」


 皿が進むにつれて、カリンの口もよく回る。

「砂漠の市、夜明けの鐘が鳴ったらいっせいに布が揺れてな。香辛料の山、赤や黄色や黒がずらーっと並ぶ。水売りは鐘持って歩くねん。“今日は甘い水や”とか言うてな。子どもは干し肉齧りながら値段の駆け引き。喧嘩になりそうでも、誰かが鍋のふた開けたら、すぐ落ち着く。匂いは正直やから」

「匂いで落ち着く、か」

「せや。匂いは喧嘩せえへん。……うちはそれが好きやねん。言葉通じへんときも、鍋の匂いで話が終わる」


 凪斗は頷く。

「匂いで落ち着くの、わかる気がします。ここも、そうかもしれない」

「そうですね」

 ツユが静かに相槌を打つ。

「ここは交差点です。話がぶつかりそうなときは、料理にと同じように順番を足すのです。その順番が場を整えます」


「干し肉の端が、少し残りましたね」

 ツユがまな板の隅を指さす。

「硬い角のところは、このまますりおろして香り塩にしましょう。潮が一瞬で化けます。それから、黒い粒と混ぜて乾かすと、それはそれで美味しくなりますよ。卵料理に合うかと」

「卵? 何か美味しそうやん!」

「砂漠には卵が少ないので高級ですが、こちらの世界では手に入りやすい。胃清海同士の交差点たる、このお店の利点ですね」

「交差点、便利やなぁ。あっちになくても、こっちにゃある、か」

 カリンがにやりと笑う。

「うち、この香り塩持って次の旅いけるやん」


 明日に向けた小さな仕込みが、隅で増えていく。

 干し肉の粉は小瓶に入り、香草オイルは布巾に染み込ませ拭き油に。鍋肌を拭けば、明日の火付きが軽くなる。

「すごいな、これだけのものがあっても、捨てるものがないですね」

「ええ。無駄を出さないのは、貧しさの知恵ではなく、生きる強さの形です」

 ツユの言い方はあくまで淡々として、重くならない。それが心地よかった。

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