第13話:砂漠の民の干し肉ピラフ_3
「それでは、この蒸らしの間に、付け合わせを用意しましょうか」
ツユは小さなボウルを二つ出し、一方には刻んだ乾燥果実を少量、もう一方には細く刻んだ香草を入れた。
「砂漠では果実は貴重ですが、乾燥した欠片が少しだけ回ってきます。香りの合図として」
「合図……ですか?」
「はい。口を開く合図、締める合図。食べ方のリズムですね」
「うち、香草はちょっとだけでええ思う。砂漠の人も『沢山やと喧嘩する』言うてた。うちらと一緒かもしれん」
「その通り。少しでいいんです」
砂時計が落ちる。
「では、そろそろ火を止めて蒸らしに。……三分です」
「三分、長いなぁ」
カリンが足をぶらぶらさせる。
「長いから、美味しくなるのですよ」
「せやけど、匂いがなぁ。腹、鳴るで。早う食べたい!」
実際、凪斗の腹も鳴った。客席からも小さな笑いが起きる。
お守り代わりに持ってきた、レイファスからもらった木札が胸ポケットの内側で触れ合い、あのの夜の記憶が少しだけ戻ってくる。青い香り、黒い泡。今は、乾いた土地の香り。
「はい、時間です」
ツユが蓋を上げ、木べらで大きく返した。
熱い湯気がふわっと広がり、油をまとった粒が立った。干し肉の細片がところどころに顔を出す。色は控えめだが、匂いははっきりと強い。
「……綺麗に立ってますね」
「成功です。最初の一皿は小さめに。口慣らしです」
ツユはいつものように、取り皿を温度の低い場所に置き、盛り付けを始めた。
皿が並び、湯気が落ち着いていく。
凪斗は息を整え、スプーンを持った。
砂漠の民の干し肉ピラフ。
食べる前から腹が準備を始めている。
この時間がもどかしくも愛おしいと感じていた。昔なら、絶対に感じられなかった。
スプーンに盛られた一口。凪斗はそっと口に運んだ。
最初に来るのは塩。尖っていない。穀の甘さが受け止め、油が舌の上で繋ぐ。噛むと干し肉がほぐれ、細かい繊維の間から旨みが少しずつ滲む。黒い粒の清涼感が鼻へ抜け、赤い粉の辛さが遅れて追いつく。最後に、鍋で軽く焼けた香りが薄く残る。
少しだけ「あの時のジャーキーと同じなのではないか」と思っていた。だが、そんなことはなかった。干し肉は干し肉で、かっちりとした塩の匂いが主張している。シンプルでいて、癖がない。水水駱駝という名前は初めて聞くが、凪斗はそのままただの駱駝を想像していた。あれには、脂が詰まっている。
それならば、頭に水がふたつもつくこれは、水分にも恵まれているのかもしれない。
「……すごい」
思わず声が出た。
「保存食なのに、重たくない。味が順番で来る」
「せやろ?」
カリンが満足そうに笑う。
「干し肉はそのまま食べるもんやけど、あえて使うと化けるんよ」
「化ける、というより、場を得る、でしょうか」
ツユが小さく頷く。
「塩は水と油に、香りは穀に。役割が決まると、皆が働きやすいのです」
グランツは頬張って、豪快に頷いた。その顔は、満足そうに笑っている。
「腹に真っ直ぐ来るな。穀の粒が立ってる。噛むごとに肉と混ざる。……いい火だ。よく脂のことをわかっている」
凪斗は二口目、三口目と確かめる。二口目は香草が先に来て、三口目は赤い粉が早く顔を出す。スプーンのすくい方で順番が入れ替わるのが、はっきりわかる。
「スプーンの角度で味が変わりますね」
「そうそう」
カリンが指を鳴らす。
「肉をちょっと多めに乗せると塩味が早よ来る。穀を多めにすくうと、甘みから始まる。好きに並べ替えしたらええ」
勢いよく頬張っていた、グランツも口を開いた。
「んぐんぐ……一気に掻かき込むと……っ、ゲホゲホッ……味が爆発していくぞ! んんっ!」
「……なぁ、ちょっとは落ち着いて食べたらどうなん?」
「グランツらしいと言えばグランツらしいですね。では、少し足してみましょう」
ツユが小皿を差し出す。刻んだ乾果と、炒った細かい木の実、そして塩の湯で溶いた香草オイルが少し。
「乾いた土地では、甘みや油は貴重です。ほんの少し添えるだけで、旨味の開き方が変わります」
乾果をのせて一口。最初に甘さが来て、辛みが遅れる。フルーティーな後味。
木の実を散らして一口。噛む音が加わり、油の層が一段厚くなる。香りに食べ応えを感じられる。
香草オイルを縁に少し落として一口。香りが前に出て、塩が後ろへ下がる。しつこくなく、さっと舌から味が引いていく。
「……面白い。終わりの形が、いくつも作れる」
「〆の形、ですね」
ツユが頷く。
「辛く終わる、甘く終わる、香りで切る。食べ方の選択肢が増えると、同じ皿でも長く楽しめます」
やり取りは筒抜けだ。奥の席からも声が上がる。
「俺は木の実多めが好きだ」
「素材の味を生かしたいから、やっぱりそのままかな」
「私は乾果から始めたい」
「こっちの粉チーズ、かけてみたら面白いんじゃないか?」
テーブルごとに自分の順番が生まれていく。
「はいはい、ここで熱の手当てもいっとこか」
カリンがもう一つの小鉢を出す。白くて柔らかいものが入っている。
「砂漠の人が皮袋で育てる発酵乳。ちょびっと添えるだけで辛さが丸なる。貴重品やから、ほんの少しやで」
「ありがたい」
凪斗は指先で米粒ほどすくい、ピラフに触れさせて口へ。辛さの角がすっと引き、塩が和らぐ。油と合わさって、深呼吸するような楽さが出る。
「……楽になりますね」
「せやろ。昼の熱が身体の奥に残ってるとき、これがめっちゃ効くんよ」




