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こちら異世界BAL《クロスロード》-世界の味、集めます-  作者: 三嶋トウカ
【第一部】第一章:始まりの味

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第12話:砂漠の民の干し肉ピラフ_2


 話している間に、砂時計が落ちきる。

「では一度、水を替えましょう」

 ツユは干し肉を上げ、布で押さえて水気を取る。表面が少し柔らかくなり、端のほうに肉本来の赤みが戻っている。

「ここから刻みます。筋に対して斜め。そうですね、ジャーキーの時と同じように、噛み始めの抵抗を減らします」

 細い刃が、規則よく入っていく。刃を引くたび、乾いた匂いから、肉の匂いへと手触りが変わる。

「香りが、少し生きた感じがする。なんだろう、生臭いとかじゃなくて……」

「大丈夫です、伝わりますよ。まだ強いですが、もう料理にできます」

 ツユは干し肉の表面を撫でながらそう言った。


「凪斗君、穀を洗いましょう。これは米に似ていますが、やや長粒です」

 ボウルに入れて水を注ぐ。指の腹で軽く混ぜると、すぐ澄んだ。

「で、うちはスパイス担当やな?」

 カリンが胸を張る。

「お願いします。預かっていた袋を」

 布袋から、小さな実、乾いた葉、赤い粉、黄色い粉、黒い粒。

「覚えてる範囲で名前、頼めますか」

「えーっとな、赤いんは陽よけになる辛いやつ、黄色は土の匂いして、黒いのは色の割に噛むと口の中スースーする。あと、月の夜に香りが立つっていう葉っぱ」

「ふふ、十分です。順番に少しずつ使いましょう」


 鍋に油を熱し、刻んだ干し肉を入れる。じゅっと焦げる音。乾きの角が落ち、香ばしさが立つ。

「この油に香りが移ります。ここへ穀を」

 洗った穀を加えると、からからと乾いた音がする。木べらで混ぜているうちに、音がしっとりと変わり、粒一つひとつが均一に油をまとった。

「ここが大事です。油が薄く全体に回ると、ばらけて炊けます。焦らず、しかし長く炒め過ぎない」

「はい」

 凪斗は木べらの動きを目で追い、同じテンポで手を動かす。


「さ、香りの出番や」

 カリンが赤い粉の入った小さな袋を渡す。ツユが受け取り、指で高い位置から落とす。辛さの匂いがふっと立ち上がる。

 黄色い粉は少量。土のような、温い香り。

 黒い粒を指で潰しながら、少しずつ。鼻の奥がすっと通る。

 乾いた葉は指で揉み、細かくして加える。

「……何となくカレーっぽいけど、もう少し乾いた感じですね。ちょっと香りが違う」

「そうですね。湿り気を飛ばしたい土地の組み合わせ、という印象です」

「現地の人、これのこと『熱を忘れんための薬味』って言うてた」

「夜が寒いから、身体の中に火を残す、か」

 グランツがひとり頷いている。

「理にかなってる」と言いながら、興味深そうに匂いを嗅いだ。


 香りが落ち着いたところで、塩を少し。干し肉の塩気を計算して、控えめに放つ。

「ここで、湯を入れます」

 鍋肌に沿って湯を注ぐ。ぼこり、と控えめに沸き、表面に薄い泡が浮かぶ。

「ここからは火の番です。強すぎず、弱すぎず。沸きが落ち着いたら、蓋を閉めます」

 湯気が立ち上がり、店の空気が少し温かくなった。


「なぁ、待ってる間、もうちょい喋ってもえーえ?」

「もちろんです」

 カリンは椅子を引き、カウンターに肘をついた。

「砂漠の市、日の出前にもう動き出すんよ。早いよなぁ。でも、昼になったら暑すぎて人も獣も動けへんから。朝のうちに、布や水袋、香辛料、干し肉、ぜーんぶ揃えるんやて。ほんで昼は影で寝て、夕方からまた動く。時間の使い方が、うちらと全然違う」

「食べる時間も?」

「そそ。朝一に干し肉のちっこいやつ噛んで、日が落ちたら鍋。鍋言うても、みんなで囲むような鍋やのうて、もっとちっちゃい手鍋一個やで。皿も少ない。みんな、順番に口つけて、入れ替わり立ち替わり食べとる」

「みんな順番に……? 衛生面は、気にならないんですか? ほら、水で洗ったりとか」

「気にはするけど、足りんもんは足りんやん。水かて貴重やしな。しゃーない。せやから香辛料で整えるし、よく沸かすし、食べ方で守る。……うち、最初は怖かったけど、鍋の匂い嗅いだらお腹が勝手に鳴ったわ」


 凪斗は相槌を打ちながら、蓋の縁に集まる湯気を見た。

「保存食って、ただの補給用だと思っていました」

「補給でもあるけど、生活や」

 カリンが言う。

「砂の上で、何食べたら次の日も動けるか。そういう話や」

 グランツが腕を組む。

「鍛冶場も似たようなもんだ。長く火の前に立つには、腹のもちは大事だ。塩と油と穀。そこに少しの香り。難しいことは要らんが、段取りは要る」

 二人の話を聞いて、凪斗の中の、星肉の概念が覆った。もしかしたら、失礼な見方をしていたのかもしれない。


「凪斗君」

 ツユが穏やかに声をかけた。

「会社にいたころ、食事の状態は、あまりよくなかったと言っていましたね?」

「……はい。コンビニののサンドイッチとか、カップ麺とか。食べるというより、時間を埋める感じでした。それから、とりあえず意を満たして、エネルギーにする。いかにカロリーを取って、早く食べ終えるかが重要でした」

「今は、どうです」

「待つ時間が、嫌じゃないです。それに、どんな食材を使っているのか気になるし、調理過程も見たいなって思います」

「それは良い変化ですね」

 短いやり取りなのに、胸のどこかに温かい場所ができる。


 鍋の音が変わった。蓋の隙間から出る湯気が細く、漏れ出す香りが落ち着く。

「一度だけ、底を確かめます」

 ツユが蓋を少し開け、木べらで底を撫でる。焦げていない。水分の残りは僅かとなっていた。

「このまま弱火で二分。それから火を止めて蒸らしに入ります」

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