第11話:砂漠の民の干し肉ピラフ_1
その日、BALの扉は、風と砂を一緒に連れて開いた。
乾いた匂いが一度に押し寄せ、店の奥にいた客たちが振り向く。入ってきたのは日焼けした肌が眩しい女性だ。肩までの赤茶の髪はところどころ白く粉をふき、首には細い布が巻かれている。背中の荷袋はいつもより太っていて、歩くたびに中身がごとごと鳴った。
彼女はこの異世界バルには欠かせない存在だ。いつも、いろんな世界を旅している。そして、気になった食材を持って帰って来てくれるのだ。仕入れ屋兼調査員というところである。
以前は、異世界をまたにかけるバックパッカーをしていたと、初対面の時に凪斗は聞いていた。「どうやって?」と凪斗は聞いてみたが「それは企業秘密や」と笑顔で交わされた。木にはなったが「異世界を繋ぐ店があるくらいなのだから、旅はできるのだろう」と思うことにした。
そんな彼女の名前はカリン。凪斗やツユと同じ人間だ。だがしかし、彼女は異世界の出身だけあって、魔法が使えるらしい。一度「何か魔法を使ってみて」と、気なしに頼んでみたが「うちの魔法を見せるのに、この店は狭すぎる」と断られた。
「たっだいまー! いやあ、暑すぎて焦げるかと思たわ。砂が熱持っとると、靴底から火ぃ入ってくる感じするんよ」
息を整えるまもなく、カリンは荷袋をごろんとカウンターへ置いた。
「おかえりなさい、カリンさん」
ツユがいつもの穏やかな声で迎える。
「お疲れでしょう。まずは水を」
「ありがとー!」
出された水を一気に半分ほど飲むと、カリンはにへらっと笑った。
「ふーっ、生き返った生き返った。で、見てや。今日の獲物!」
袋から出てきたのは、茶色の板のようなものだった。大小は様々、指の半分ほどの厚みで、表面はかっちり乾き、細い筋が白く走る。叩いたら、手のほうが負けそうだ。
「砂漠の民の保存食、水水駱駝の干し肉やで。あとは砂漠藻塩とちょっとした香草、それから、カラッとしてくれる太陽。これで日持ち、ばっちり。……最初、変な石拾ってもうたと思たけどな」
カリンが一片をつまんで、カウンターに軽く当てる。こつん、と低い音が響いた。
「ほう。いい乾きじゃないか!」
グランツがひげを撫でる。職業柄、その乾きと硬さに興味があるのかもしれない。
「こいつぁ塩が多いな。砂漠じゃ水は大事だろうに、こんなに硬くて食べられるのか?」
「それがなぁ、現地の人は口で戻すんやて」
「口で!?」
凪斗が目を丸くする。
「ビックリするやろ? 旅の間、駱駝みたいな獣に揺られながら、ちびちび噛むんやと。唾で戻して、身体に塩分を持たす唾液も回す。水は飲む分に使う。……うちは真似したけど、顎つったわ」
「そりゃそうだろうな」
グランツが大きく口を開けて笑う。竜肉のジャーキーを好んで食べていた彼は、おそらく好きだろうなと凪斗は思った。
「とにかく、食いづらいのは困る。ここでは贅沢に水を使おう。料理にしてやればいい」
「ええ、そういたしましょう」
ツユは干し肉を手に取り、厚みを指で確かめる。
「今夜はピラフに。干し肉の塩と香りを穀物に移して、食べやすく、そして力になる一皿へ仕上げます」
「出た、マスターの化けさせや!」
「化かしているつもりはありませんよ。道理に沿って整えるだけです」
「いやいや、そんな謙遜を。いっつも何でも美味しい料理に変えてくれるやんか」
「素材が良いのですよ。それから、皆さんの舌も」
いつもの穏やかな調子で、ツユは大鍋とボウル、まな板を並べた。
「まずは塩抜きですね」
干し肉を大きめの塊に割り、水に沈める。すぐに表面から白い塩がほぐれ、薄く濁りが広がった。
「十五分ほどで一度水を替えます。塩を抜き過ぎると味が瘦せてしまいますから、様子を見ながら調節しましょう」
ツユは腕時計代わりの砂時計をひっくり返す。
「現地では水が貴重だから、口で時間をかけて戻す。唾液を飲み込むことで、体内に戻せます。……少々塩分が心配になりますが、あそこは非常に良く汗を掻きますから。ここでは水で戻して、火と油でその食べ方を変えましょう。やっていることは同じで、段取りが違うだけです」
「ねぇ、今回いった砂漠、どんな感じだった?」
凪斗が聞くと、カリンは待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「昼はとにかく白いで。空も砂も光を跳ね返すから、間歩笹から守るために、目ぇ細めるしかない。地平まで、なーんもない何かが続いてる感じ。で、夜になったら急に寒なる。星が近すぎて、風が冷たすぎて、音が全部遠くなる。すぎるばっかりや。ほんで、砂嵐が来たら、テント叩く音が太鼓みたいに鳴るんやで」
「……想像が追いつかないな。砂丘はいったことあるけど、多分、比べられないよね」
「言いたいことはわかる! けど、ちゃうね。あ! オアシスの市、めっちゃよかったで。色んな布と香辛料の匂い。子どもがな、小指くらいの干し肉をずっと齧ってるん。口ん中に入れたまま、商売の手伝いしてんねん。あれ見て「ああこれ、ただの食べ物ちゃうんや」って思たわ」




