第89話 拳
「降りる! 降りるから離せ! 化け物がッ!」
シートベルトが伸び切り、上半身が機外に飛び出そうなくらい頭を引っ張られながらも害獣さんはいまだに暴れています。
元々わたくしから見て彼のオーラは赤かったのですが──つまり敵対的な方です──今降伏勧告をしたところ、そのオーラがさらに濃い赤になりました。これ絶対によからぬことを考えておりますわよね!? どうせ自爆ボタンとかあるんでしょ! わたくしそういうの詳しいんですから!!!
「やっぱりそのまま動くんじゃありませんわ。往生際の悪い害獣ですわね!」
「ぐわあああぁぁぁっ!?」
ベキベキとヘルメットの外殻が割れ害獣さんの額から血が垂れてきました。なんだか指でぶどうの実を摘まんでるみたいですわね、これ。
はぁ……面倒ですが少し降りてお相手しなければいけないようですわ。最近少しストレスフルな日々を送っておりましたし、ちょうどいいのかもしれません。
わたくしはグローシアの指を固定しますと、ハッチを開けてグローシアとアラフニス3のコクピットのハッチの位置を合わせます。
「な、なんだ!? 何をする気だ!?」
害獣さんは頭を固定されながらも、なんとか体をねじって抜け出そうとしています。
わたくしはアラフニス3のコクピットに飛び移りました。
アラフニス3のコックピット内は、よくわからない警告音が鳴り響いていました。わたくしはそのまま害獣さんが座っている操縦席へ行くと、コクピットのモニターを覗き込んでみます。モニターには異常を示す赤いインジケーターが大量に点灯していました。そしてその下で点滅しているボタンを見て、わたくしは理解しました。そのボタンには「強制再起動準備完了」と書かれています。これを押したかったんですわね?
殴っているうちに発生しなくなった、なんたらエネルギーフィールドなんかを再起動させたかったようです。これを押されていたならば、わたくしとグローシアはまた外に弾き飛ばされていたでしょう。
蓋のついたアラフニス3の緊急停止スイッチを押します。押すといっても「殴る」が近いんですけど……。コクピット内の照明が落ち、非常灯が点灯しました。これでもう悪さはできないでしょう! こういう時ウィングリー式のコクピットですと勝手がわかってありがたいですわね!
「なんてことをしてくれたんだ!? おのれ化け物めぇぇぇ!!!」
「ところであなたって捕虜なんですか? 敵兵なんですか? まぁどっちでもいいですわ! この世界にはジュネーヴ条約もありませんからね!!」
わたくしはいまだグローシアの指の間から頭が抜けない害獣さんのシートベルトのロックを外して差し上げます。伸びていたシートベルトが巻き取られパチン! と大きな音を立てました。
そしてわたくしはその目の前に立つと、微笑みながら割れたシールドから見える血に塗れた害獣フェイスを覗き込みました。
「改めましてごきげんよう。そしてさようなら」
まっすぐに顔の中心に拳を叩き込みます。ご安心ください。わたくしは手袋をしていますので怪我はしていません。ですからもう1度叩き込んでも大丈夫なんですよ?
「やっ、やべろ」
「やかましい! 死ね!」
なんだか上からサンドバッグが垂れているタイプのパンチングマシーンみたいですわね? 今のわたくしなら普通に100とか出せそうですわ。
ところでアラフニス3のコクピット外側には《《8本》》の人が入りそうなサイズの筒があるんですけど、なぜかわたくしが害獣をぶん殴ると、そこから発せられていた赤みがかっていたオーラが、どんどんと青くなっていくんです。不思議ですわねぇ……?
「し、じぬ……」
「あと9回でいいですわ」
筒が8本というのも気に入りませんわね。いつの間にか増えていたというアリシアの妹ちゃんたちの数と一緒ですものね?
「マジで死ね!! ちゃんと死んだかオイ!!」
物言わなくなった害獣に最後の1発をお見舞いすると、続・最後の1発を叩き込んでおきます。残念ながらまだ息はありました。チッ!
「ひ、姫様……あの……」
「こほん。はい、こちらヴィアリス=エクソシアです。ご用件は何でしょう? あなたは何も見ていませんわ」
いつの間にか、《《なぜか》》怯えた騎士団員の乗るスキアがすぐ近くにやって来ていました。集中していてまったく気が付きませんでしたわ。血で汚れてしまった手袋を害獣の服で拭いておきます。ごしごし……。
「はっ! 王都近辺のピロフォリオより入電。ジェニシアが出撃し、凄まじい早さでこちらに向かっているとのことです!」
「…………さっさと逃げますわよ!」




