↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新納凛子(32)は今日も求婚される  作者: 冬室すずめ
未来の総理から求婚される
PR
5/14

未来の総理から求婚される④

■26


投票日。


午前。


潮入市立海陵小学校。


明治期から残る煉瓦造りの門の向こうで、桜が散っていた。


蒼路野誠司は、母校の体育館に設けられた投票所で一票を投じ、外へ出た。


校門の外には、数社の報道陣が待っていた。


「蒼路野候補、投票を終えた今のお気持ちは?」


蒼路野は足を止める。


「あとは、潮入市民の皆さんの判断を待ちます」


「手応えはありますか?」


「それを決めるのも、僕ではありませんから」


軽く頭を下げる。


それ以上は答えず、蒼路野は煉瓦門をくぐった。


風が吹く。


桜の花びらが、歩道へ流れていく。


その向こう。


校門の脇で、凛子がスマートフォンを見ていた。


蒼路野が近づく。


凛子が顔を上げた。


「終わりました?」


「はい」


凛子はスマートフォンをバッグにしまった。


「じゃあ、事務所へ行きましょうか」


「ええ」


そのとき。


「あれ?」


少し離れたところから、声がした。


「あ、蒼路野せんぱーい!」


蒼路野が振り返る。


大きく手を振りながら、一人の女子高校生が走ってくる。


県立潮入高校の制服。


ポニーテール。


肩には、楽器のケースを担いでいた。


蒼路野には見覚えのある制服だった。


「演説、聞きましたー!」


「ありがとうございます」


女子高校生は、蒼路野の前で立ち止まった。


「私、まだ高校生だから選挙権ないんですけど」


にっと笑う。


「次の選挙では入れますからー!」


「そのときも立候補してたら、よろしくお願いします」


蒼路野が笑った。


「はい。頑張ります」


「じゃ、部活あるんで!」


女子高校生は、また大きく手を振った。


「頑張ってくださーい!」


そのまま、校舎の方へ走っていく。


背中で、楽器のケースが跳ねていた。


凛子がその姿を見送る。


「元気な子ですね」


「ええ」


蒼路野も少し笑った。


「潮入高校の吹奏楽部でしょうね」


二人は再び歩き出した。


また、風が吹いた。


桜が二人の間を横切っていく。


■27


事務所への帰り道。


二人は、桜の残る住宅街を並んで歩いていた。


何かを思い出したように、蒼路野が足を止めた。


「新納さん」


「はい」


凛子は振り返り、蒼路野を見た。


「まだ、結果は出てないんですけど」


「はい」


「今回は、本当にお世話になりました」


「いえいえ」


「まだ結果は出ていませんから。当選が決まるまで、お付き合いさせてください」


「…………」


「ああ、そのことなんですけど……」


蒼路野が少し考える。


「総理指名選挙まで、お付き合いいただけませんか?」


「……それは、ずいぶん長期のご契約ですね」


「いや……ちょっと違うな……」


蒼路野は空を見上げた。


「憲政史上、最もこの国に貢献した宰相になるまで……かな」


凛子が笑った。


「さらに延びましたね」


「はい」


蒼路野は上着の内ポケットに手を入れた。


「だから………」


「はい?」


小さな箱を取り出す。


凛子の視線が止まった。


「…………」


「今朝、一番で買ってきました」


「…………」


「新納さんの好みに合うか、分からないんですけど」


蒼路野が箱を開く。


婚約指輪。


凛子はしばらく、それを見ていた。


「新納凛子さん」


蒼路野が、まっすぐ凛子を見る。


「僕と結婚してください」


「…………」


春の風が、二人の間を抜けていった。


凛子は指輪から目を上げる。


「私も」


「はい?」


「蒼路野さんと仕事をしてみて、分かったことがあります」


「…………」


凛子は少し笑った。


「私も、蒼路野さんみたいになりたいなって」


蒼路野が瞬きをする。


「僕みたいに?」


「はい」


「誰かの目標を叶えるだけじゃなくて」


「私も、自分で何かを成し遂げてみたい」


蒼路野は何も言わなかった。


凛子はもう一度、指輪を見る。


「だから」


「今ここで、はいって言ったら……」


「蒼路野さんの人生が、そのまま私の人生になってしまう気がするんです」


少し考える。


「それは、たぶん、違うんだと思います」


「…………」


「少し、考えさせてもらってもいいですか?」


蒼路野はしばらく凛子を見ていた。


やがて、小さく笑った。


「はい」


箱を閉じる。


「長期契約ですからね」


凛子も笑った。


「ええ」


二人は、再び歩き始めた。


■28


七月。


横浦市港央区開港通り。


株式会社 新納事業相談所。


開けた窓から、夏の熱い風が吹き込んでいた。


遠く、横浦スタジアムの方角から、高校野球の応援が聞こえてくる。


ブラスバンドと太鼓。


ときおり、大きな歓声。


凛子はパソコンに届いたメールを読んでいた。


差出人は、蒼路野誠司。


『先日、獅子堂進一郎総理から、任期終了後の国政出馬について直接お話をいただきました』


『大変ありがたいお話でしたが、お断りしました』


『国政へ行くときは、政道党から行きます』


凛子が小さく笑う。


「そりゃ、そうよね」


事務所のテレビでは、昼のニュースが流れていた。


『――潮入市の蒼路野誠司市長は本日、旧陽産自動車潮入工場跡地について、民間事業者から活用案を募る事業コンペの実施を発表しました』


画面には、記者会見に臨む蒼路野。


『また、市長業務の傍ら、政道党代表として全国の地方選挙にも積極的に応援に入り――』


「先生」


凛子が振り返る。


パート事務の田辺和子が、小皿を持って立っていた。


「お中元でいただいた桃、剥きましたよ」


「あ、ありがとうございます」


田辺が机に皿を置く。


「それじゃ、今日は私はこれであがりますね」


「お皿、洗わなくていいですからね。給湯室に置いておいてください」


「はーい、ありがとうございます」


凛子はフォークに刺した桃を一切れ口に運び、そのままパソコンの作業に戻った。


「これで、よしっ。送信っと」


「えっと、次は……」


「あっ、新規の問い合わせが来てる」


凛子がメールを開く。


〈至急/事業相談の件〉


「至急……?」


本文へ目を落とす。


「えっと、差出人は……」


株式会社凰城プロダクション。


代表取締役――鳳城礼(ほうじょう・れい)。


凛子が画面を見つめる。


「…………」


そして、小さく呟いた。


「鳳城礼って……あの鳳城礼?」


『第2話 未来の総理から求婚される・完』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。