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ひかるのいる日

その日の六時間目は、席を移動して四人で課題をする授業だった。


先生が黒板に班を指定していく。


私は自分の名前を探した。


窓側の列。


同じ班になったのは、ほとんど話したことのない三人だった。


椅子を動かして机を合わせる。


「これ、どう分ける?」


向かいに座った子が言った。


誰に聞いたのか分からなくて、私は黙っていた。


「音羽さん、ここお願いしていい?」


「あ……うん」


高橋さんだった。


同じクラスなのだから名前は知っている。


けれど、まともに話した記憶はほとんどなかった。


渡されたプリントを見る。


「ここまとめればいい?」


「そう。私、こっちやるから」


「分かった」


それからは普通に課題を進めた。


分からないところを聞かれて、答える。


高橋さんの書いた字が読めなくて聞き返す。


「え、そんな汚い?」


「ちょっと」


「ちょっとって言いながら顔がひどい」


思わず笑った。


高橋さんも笑った。


そこで会話は終わった。


授業が終われば机を元に戻して、それぞれの席へ戻る。


帰りのホームルームが始まる頃には、高橋さんは前の席の子と話していた。


私も鞄に教科書をしまった。


何かが変わったわけではない。


明日から急に一緒にお昼を食べるわけでもない。


ただ、久しぶりにクラスの誰かと普通に話した。


それが少し嬉しかった。


校門を出る。


歩きながら、さっきのことを思い出した。


高橋さんの字。


「そんな汚い?」と言ったときの顔。


ひかるに話したら、たぶん笑う。


そう思った。


自分でも少しおかしかった。


前なら、学校で起きたことなんて早く忘れたかった。


最近は違う。


何かあると、帰り道まで持ってくる。


話したい相手がいるだけで、同じ一日でも残るものが変わるらしい。


いつもの交差点が見えてきた。


今日は、ひかるはいなかった。


足を止めることもなく、そのまま信号を渡る。


まあ、毎日会うわけじゃない。


そう思って歩いていると、


「こはく」


少し先から声がした。


顔を上げる。


自動販売機の横に、ひかるが立っていた。


「いた」


「またそれ?」


「だっていたから」


「俺、珍しい生き物みたいになってない?」


「珍しいよ。何年もいなかったし」


ひかるが少し困ったように笑った。


私はその隣に並ぶ。


「今日さ」


歩き出す前から、言葉が出た。


「高橋さんって子がいて」


「うん」


「字がすごく汚くて」


「いきなり悪口?」


「違うから」


さっきの授業のことを話した。


四人で課題をしたこと。


高橋さんに話しかけられたこと。


少し笑ったこと。


ひかるは途中で口を挟まずに聞いていた。


「で、何がそんなに嬉しいの?」


話し終わったところで聞かれた。


「嬉しいって言ってないけど」


「顔に出てる」


私は自分の頬を触った。


「そんなに?」


「ちょっと」


高橋さんと同じ言い方だった。


「……真似した?」


「何を?」


「何でもない」


ひかるが首をかしげる。


私は少し笑った。


「でも、よかったな」


「うん」


素直に頷いた。


ひかるは前を向く。


「明日も話せるといいな」


その言葉に、私は少し考えた。


「どうだろ」


「話したかったら話せば?」


簡単に言う。


「そんな簡単じゃないよ」


「そう?」


「そう」


「じゃあ、挨拶くらい」


「それくらいなら」


できるかもしれない。


明日の教室を思い浮かべる。


少し前なら、それだけで気が重くなった。


今は、高橋さんを見かけたら何と言おうか考えていた。


しばらく歩いて、私はふと思った。


「ひかる」


「ん?」


「今日、会えてよかった」


ひかるがこちらを見る。


「急に何?」


「話したかったから」


「高橋さんの字の悪口を?」


「だから悪口じゃないって」


ひかるが笑う。


私も笑った。


話したかったことを話せた。


明日、少しだけやってみようと思えることもできた。


家までの道が、いつもより短く感じた。

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