偶然
次の日。
放課後のチャイムが鳴ると、私はいつもより少し早く教室を出た。
理由は分かっていた。
分かっていたから、考えないようにした。
昨日、ひかるは言った。
「会えたらな」
約束ではない。
待ち合わせをしたわけでもない。
だから、少しくらい早く帰ったところで意味はない。
昇降口で靴を履き替え、校門を出る。
いつもの道を歩く。
前から来る人の顔を、何となく見る。
違う。
また一人。
違う。
何をしているんだろう。
自分でも少し恥ずかしくなって、視線を落とした。
会えるとは限らない。
むしろ、会わない方が普通だ。
昨日の交差点まで来る。
ひかるはいなかった。
「……そりゃそうか」
小さく呟く。
信号が青になる。
渡ろうとしたところで、
「こはく」
後ろから声がした。
振り向く。
ひかるが立っていた。
片手にコンビニの袋を提げている。
「……いた」
思わず口から出た。
「いたけど」
ひかるが少し笑う。
「探してた?」
「探してない」
すぐに答えた。
「ひかるこそ、何してたの?」
「買い物」
袋を軽く持ち上げる。
「帰る?」
「うん」
今日は、迷わず隣に並んだ。
昨日より話すことを探さなくてよかった。
この辺りにできた店のこと。
学校のこと。
途中で会話が途切れても、そのまま歩いた。
昔も、こんな感じだった気がする。
何か特別な話をしていたわけじゃない。
ただ、一緒にいた。
「学校、楽しい?」
ひかるが聞いた。
私は少しだけ歩く速度を落とした。
「普通」
いつもの答えだった。
楽しくないと言えば、その理由まで説明しなければいけない気がする。
「そっか」
ひかるは、それ以上聞かなかった。
ありがたかった。
なのに、少しだけ聞いてほしいとも思った。
自分でもよく分からなかった。
「ひかるは?」
「まあまあ」
「学校?」
「そんな感じ」
曖昧な答えだった。
どこの学校なのか。
今どこに住んでいるのか。
考えてみれば、私は今のひかるについてほとんど知らない。
でも、そのときは気にならなかった。
知りたいことは、これから聞けばいい。
そう思っていた。
*
それから、ひかるとは何度か顔を合わせた。
毎日ではない。
駅前で会う日もあった。
公園の近くにいる日もあった。
何日か姿を見ないこともあった。
いつの間にか私は、帰り道になると少しだけ周りを見るようになっていた。
今日はいるだろうか。
そんなことを考えるようになった。
数日後。
授業で使う参考書を探しに、駅前の本屋へ寄った。
欲しかった本を見つけて、棚から抜き取る。
レジへ向かおうとしたとき、奥の棚から人が出てきた。
ぶつかりそうになって、足を止める。
「あ、ごめ――」
顔を上げた。
「……ひかる?」
「あれ」
ひかるも少し驚いたような顔をした。
「また会った」
「最近よく会うな」
「本当にね」
帰り道ならまだ分かる。
でも、駅前の本屋でまで会うとは思わなかった。
「何買うの?」
ひかるが私の手元を見る。
「参考書」
「真面目だな」
「普通でしょ」
私は本を抱え直した。
「ひかるは?」
「ちょっと探し物」
「何?」
「まだ見つかってない」
答えながら、ひかるはさっきまでいた棚へ一度だけ目を向けた。
私もつられて見る。
新刊や雑誌が並んでいる。
その奥には、新聞や古い雑誌をまとめた棚もあった。
何を探していたのかは分からない。
「じゃあ、まだ見た方がいいんじゃない?」
「今日はいい」
「いいの?」
「また来ればいいし」
ひかるは私の持っている参考書を見る。
「もう帰る?」
「うん」
「じゃあ、駅まで行こう」
自然に隣へ並ぶ。
私は少し笑った。
「ほんと、よく会うね」
「偶然だろ」
「そうかもね」
私も笑った。
こんな偶然なら、もう少し続けばいい。
そう思った。




