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昔と同じ

「……ひかる?」


信号が青に変わった。


道路の向こうにいた男の子が、こちらへ歩いてくる。


近づくほど、記憶の中の姿との違いが目についた。


背が高くなった。


髪型も変わった。


声だって、昔より少し低い。


それでも、ひかるだった。


「ちゃんと覚えてた」


「忘れるわけないでしょ」


そう答えてから、少しだけ変な気分になった。


忘れるわけがない。


なのに、声に出すと少しだけ懐かしかった。


「久しぶり」


今度は私から言った。


「うん。久しぶり」


それきり、少し黙る。


聞きたいことはいくつもあるはずなのに、どれから聞けばいいのか分からなかった。


どうしてここにいるのか。


いつ戻ってきたのか。


今まで、どこで何をしていたのか。


でも、目の前のひかるの顔を見ていると、急いで聞かなくてもいいような気がした。


「学校帰り?」


ひかるが私の制服を見る。


「見れば分かるでしょ」


「まあね」


少し笑う。


その笑い方まで昔と同じだった。


「ひかるは?」


「俺?」


「今、何してるの?」


「色々」


「何それ」


「そのうち話すよ」


答えになっていない。


けれど、追いかけて聞く気にはならなかった。


「帰るところ?」


「うん」


「じゃあ、途中まで一緒に行こう」


ひかるはそう言って歩き出した。


私の家がある方へ。


数歩遅れて、その隣に並ぶ。


「覚えてるんだ」


「何が?」


「私の家、こっちなの」


「昔、何回行ったと思ってるんだよ」


言われて、少しだけ笑った。


確かにそうだった。


学校が終われば、どちらかの家へ行った。


意味もなく遠回りして帰ったこともある。


公園で暗くなるまで話して、二人とも怒られたこともあった。


ずっと昔のことなのに。


ひかると並んで歩いていると、思っていたより近くに残っていた。


「あそこ、コンビニになったんだな」


ひかるが道の向こうを見る。


昔、小さな本屋があった場所だった。


「二年くらい前」


「知らなかった」


「そりゃそうでしょ」


言ったあとで、少しだけ後悔した。


ひかるがいなかった時間を責めたみたいに聞こえた気がした。


でも、ひかるは、


「そうだな」


とだけ答えた。


少し歩く。


「駄菓子屋もなくなったよ」


私から言った。


「あそこも?」


「うん」


「そっか」


残念そうな声だった。


「よく行ったよね」


「こはく、いつも同じの買ってた」


「何?」


「チョコ」


「それ、ひかるじゃない?」


「俺はラムネ」


言われて思い出す。


夏。


冷蔵庫の中に並んだ瓶。


ひかるがビー玉を落とすのに失敗して、店のおばさんに笑われていた。


「……そうだった」


「覚えてる?」


「今思い出した」


「ひどいな」


でも、ひかるは笑っていた。


私も少し笑った。


その瞬間、自分の声が妙に耳に残った。


学校では、笑わなくなったわけじゃない。


先生に話しかけられれば笑う。


誰かに気を遣われれば笑う。


大丈夫だと伝えるために笑う。


でも今のは、そういうものではなかった。


ただ、おかしかったから笑った。


それだけのことが、少し懐かしかった。


歩いているうちに、いつもの交差点が見えてきた。


「私、こっち」


足を止める。


ひかるも止まった。


「うん」


「ひかるは?」


「俺は向こう」


示したのは反対側だった。


「じゃあ、ここまで来なくてもよかったじゃん」


「久しぶりなんだからいいだろ」


何でもないことみたいに言う。


「そっか」


信号が変わる。


私は家の方へ身体を向けた。


それなのに、すぐには歩き出せなかった。


「じゃあ」


「うん」


ひかるが手を上げる。


「またな、こはく」


また。


その一言だけで、明日にも続きがあるような気がした。


「……また明日?」


思わず聞いていた。


ひかるは少しだけ黙った。


それから、昔と同じように笑う。


「会えたらな」


「何それ」


「約束して会えなかったら嫌だろ」


「そうだけど」


「じゃあ、また」


今度こそ、ひかるは反対方向へ歩いていった。


私はその背中をしばらく見ていた。


やがて人の流れに隠れて、見えなくなる。


それから家へ向かった。


会えるかどうかなんて分からない。


待ち合わせをしたわけでもない。


それでも。


明日の帰り道に、少しだけ楽しみなことができた。

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