お前はそのことに何も感じないのか
処刑人かと呟いたその言葉は先ほどまでにも無かった強い憎悪をも含んでいた。
そうして忌々しく歯ぎしりをしてそれでも納得いかないように子爵は口を開く。
「だったら余計だろう。そんな危ないものを王宮に入れても良いものか。」
どうにも話が進まないものだから思わず令嬢も口を挟んでしまう。本来なら当事者であるはずだが王太子と子爵が女などよそにしておけとでもいわん様子で内輪の話を続けているものだから、奇妙なことになぜか令嬢本人が自分への話題に口をはさむという恰好になってしまう。
「私は国王陛下より直々に下命があり本日参内したのです。それに今日だけでなく、これまで何度も参内をしております。」
本人としてはただ理を説いただけに過ぎないと思っていた。しかしそれで女に反論されたというのが気に食わなかったのか、子爵はまるで血縁もない赤子の駄々を聞いたかのような不快感を丸出しにして口の端を歪ませて更に嫌悪感を表情に表し始める。
「だから何だというのだ。陛下が望もうと、危うきを近づかせないようにするのが臣下の務めと言うものだ。処刑人などとと言う危うきものを王宮の中に入れることが出来るようはずもない。」
「ですが王命です。子爵様も分かりますでしょう?私にとっては少なくとも子爵様の仰られることより、いえ全てにおいて王命は優先しなくてはならないものです。」
「貴様っ!そうかそうか、そんなに王のもとに行きたいか。ならば今ここで叩き切ってやって首だけを望み通りに参内させてやろうか!?」
血気逸った子爵が髪を逆立てんほどの勢いで剣の柄へと手をかけようかというときに、その隣でのんきな調子で愉快そうに王太子が笑い声をあげる。
その暢気さに二人は緊迫さが薄れて思わず令嬢は王太子へと怪訝そうな目を向けてしまったほどだった。
「なにが面白いのでしょうか、王太子様。」
「いやあ、君らはどちらも頑固で似ているなと思ってね。」
「そうでしょうか。」
不服そうに眉を顰める令嬢の問いかけに対して王太子は笑顔で体を左右に揺らす動きだけで肯定して見せる。
一方で今にも斬りかかりそうだった子爵も柄に指をかけたまま、不快だとでも言わんばかりに大きく首を振る。
「馬鹿にしているのかルートヴィヒッ。」
「まあそう怒るな。君が……ああ、サリエルが言うこともいちいちごもっともだとは思うよ?だけどね、彼女だけは特別なんだ。彼女は全ての法とマナーの例外にある。だからこそ彼女は違爵。爵位でありながら爵位とは”違う”もの。分かるかい?領土も領民も持たず爵位を持てど奉れぬもの。つまりこの国の規則の外にあるのが彼女なんだ。」
そこまで言ったところで王太子は令嬢に軽く風が吹けば飛んでしまいそうなほどに軽薄な、あまりに軽々しい笑顔を浮かべて見せる。
「ユリア、もう行かないと不味いんじゃないかい?お父上……国王陛下がさすがに気分を害してしまうよ。」
「ええ、そう……ですが……。」
ちらりと令嬢は子爵の方へと目を向けるが、その視線を遮るようにして王太子が笑顔を割り込ませてくる。
「この堅物のことは気にしなくて良いから、さっさと行きなよ。」
「おい」と酷く鋭い目つきでにらみつける子爵に対して王太子は「これぐらいの軽口良いだろ、僕と君の仲だ、それぐらいは許せ。」
その言葉が多少なりとも効いたのか子爵サリエルはそれ以上何も言わずに押し黙る。
幾ばくかは安堵した心持で軽く会釈をすると令嬢は宮殿の奥へと小走りに進んでいった。
後姿まで真っ黒な令嬢を見おくりながら王太子がにこにこしていると、その傍らで子爵は気に食わなさそうに口を開く。
「おい、ルートヴィヒ。なんだあの女は?」
「今さっき説明しただろう?なにか気に食わないことでもあるのか?」
「誰であろうと法は守るべきだ。」
「国王陛下であろうと?」
「陛下の口にすることが法だ。」
「君らしい問答だな。意味が分からない。でも、もし口幅ったいことを言って良いのなら彼女は間違いなく法の下僕だよ。法と言う糸につるされたギロチンの刃そのもの。彼女の通った道はそれが法の執行跡だ。それが貴族の処刑を一身に背負う違爵という立場の職責だ。」
「意味が分からん。」
「彼女を見ていれば分かると思うけど。ただね。これはなんとなくの直感でしかないが、君が彼女に対して気に食わなさそうなのは、法とかどうとかとは別のところにあるように感じるんだけれどね。なにがそんなに気に食わない?」
「別にそういうわけでは……。」
「言いなよ。あるんだろう?」
軽く視線をそらした子爵は仕方ないように溜息をもらす。
「……あいつはずっと無関心だった。何もかもにだ。俺のことも、俺の言ったことも。まるでこちらの言うことなど何一つも価値がないのだと言わんとするような態度。それに腹が立ったのは事実だ。」
「ああ……確かにああいう態度は彼女の悪いところだね。王太子の僕にも笑いかけてくれない。王太子だっていうのに。」
「お前のは何か違う気がするが。まあ、薄気味の悪い女だ。確かにお前のように一つでも笑い声でもあげれば、多少は可愛げのあるものを。なんだあの凪いだ海のような女は。」
最後の言葉にはどこか憤慨とする響きが多分に含まれていたように王太子には感じられて、ああよかったと軽く口笛を吹きたいような気分であったのだった。




